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ある特定の人物の歌う旋律を決める手段がオペラにはあるそうですが
ライトモチーフ・・というらしいのですが、今回のように演劇的な要素の強い作品には
不向きだそうで、ちょっとオペラの専門的な池辺晋一郎さんのお話がちょっと素人には
メモが取りずらく不鮮明ですみません
かなり重要なお話だったんですが、色んなオペラの手段を排除してより
演劇的な自由な時間を作りたかったそうです。

「今回はオペラですが、演劇だったらこういう演出をしたかったとか
逆にオペラだから、こういう演出をしたとか・・・その違いはありますか?」と司会進行の新井鷗子さん
と、鵜山仁さんに質問です。

あんまりないんですけど・・・と、おっしゃりながらも
オーケストラピットには、100人もの人たちがいて、その人たちとどうコミュニケーションを
取ったらいいのか??本来ならオーケストラのフルスコアが読めたらいいんですけど・・と
それもあって指揮者とのコミュニケーションが大切だとおっしゃっていました。
今回の指揮者は、池尻竜典さん。
池尻さんは、違うんですけど・・と、鵜山さん、指揮者という存在は、背中で立っていながらも
厳しい人も居られる様で、プリマドンナと指揮者の関係についての
なかなか興味深いそんなエピソードを語って下さいました。
すると、池辺さんが
「オペラの世界では、プリマドンナと指揮者、どっちが偉いかはの論争は
トスカリーニの時代の頃から、いまだ解決してない」と(笑)
「トスカリーニは俺が偉いといっている」(笑)
すると、鵜山さん
「今回は、作曲家(池辺さん)が(偉いと)」鵜山さんのナイスJOBです
「そんな事ない(笑)」一本取られた池辺さん。これには、会場は大爆笑!
鵜山さんのダメ押しは
「作曲家が何しろ存命ですから(笑)ありがとうございます」
小劇場では、図らずも亡くなってしまった井上ひさしさんの作品を上演中。
笑いながらも、ちょっぴりしんみりされた気がします。

「今回は、(池辺さんに)何でも聞けますね」と石井さん
「聞いてなるもんか(笑)」と鵜山さん。
「どうせ聞いても、その通りやらないでしょ」と池辺さん。
爆笑しながらも、お二人の信頼関係の絆の深さを感じます。

衣装や舞台についてのお話について、石井さんが鵜山さんに聞かれました。

それなりにフォルム(形)は、そこそこにその時代を反映されているそうですが
舞台は、必ずしもリアルな設定ではないそうです。
ワルツは、日本語だと、円舞曲というらしいので、回転するイメージがあったそうで
ちょっと、駄洒落が入って回り舞台にされたそうです。
鵜山さんは、意外と意外に駄洒落から音楽や舞台のイメージとか出てきちゃうんですよね。
でもそれがかなり素敵な世界を作られちゃうんですよ。
その駄洒落の発展性で、舞台が回ることによって、西が東になって、愛情が憎しみになったりと・・
「面白いね」と池辺さん。

宿命と憎しみのヴォーカリーズの役割とは、と石井さん。

本来、故・若杉弘さんのアイデアで、音楽を付けて下さったのは池辺さん
どう出すか?というのは・・と、鵜山さん。
天長節の一日。11/3・・菊の花が咲き誇っている。
鵜山さん流に言えば、「憎しみをいかにプラスのエネルギーにするか
マイナスのエネルギーをプラスに転化する」という力と
大衆の役割というか、大衆の力によってある特定の人物を動かす程の
無責任なエネルギーを、台詞でない音で表現できたらなぁ・・と鵜山さん。

『鹿鳴館』のテーマとは・・と、石井さん。

すると、池辺さんは、テーマは、チェーホフを思い起こさせるとおっしゃいます。
大雑把なドラマの進行の作り方。
ラストのシーンは、チェーホフ『かもめ』と似ているし
やはりチェーホフ『櫻の園』と共通するのは、近代的の苦悩であり『鹿鳴館』に見え隠れする
苦悩を茶化している面というのも、チェーホフ的のかくし方を感じてしまった。
日本が正しかったか?間違っていたか?わからないけれど、せせら笑ってやっているそんな
テーマが『鹿鳴館』にはあって、その時代のもっとも先に私たちがいると、
そう感じると、おっしゃいます。

やはり鵜山さんも、チェーホフの『三人姉妹』にそっくりのシーンがある
最後に死が控えているので、それを前提にして
愛と憎しみの相克、憎しみの方が強いんじゃないかと
マイナスの符号のついた生命力というか・・
音楽を聴いても『フィガロの結婚』に似ている構造があるとおっしゃいます。
三島さんは意識して書かれたかどうかはわかりませんが・・と
 
次回に続きます
by berurinrin | 2010-06-30 23:29 | イベント

製作過程の中で、池辺晋一郎さんと鵜山仁さんとのやりとりはあったんですか?
と司会進行の新井鷗子さんのご質問で

鵜山さんから、原作に出てこないヴォーカリーズについて多少やりとりがあったそうです。
ヴォーカリーズというのは、黒子というか、合唱だったり、ダンサーだったり
コロスのような存在のようです。
このアイデアも若杉弘さんによるものだったそうです。

池辺さんが作曲活動をされている最中に、鵜山さんが舞台の装置の構想をお話したら
「いいよ、いいよ」っておっしゃって下さったそうで
「”俺の音楽には、何でもありだから”って(笑)」と鵜山さん
「そんなこと言わないよ(笑)」と池辺さん
今回のオペラには、祝砲とか、釘を打つ音とか、効果音が必要で
効果音として、オーケストラを使うのはナンセンスだと思っていると、池辺さん。
過去に、池辺さんのオペラ『耳なし芳一』の時に、冒頭の場面で録音されたナレーションを
使われたそうで、初演の批評では「オペラに録音された音のは如何なものか?!」
と、云われたそうで、それこそ思いのツボだったと、池辺さん。
録音された音や効果音を否定されたら照明だって問題だとおっしゃいます。
それであれば、太陽の光の下でやるべき、オペラの公演は常にマチネ(昼公演)でやるべき。
でもそんなのは「マチネー(まちがい)だと思うべきです」(爆笑)
現代のオペラは、現代のものを演出家が使うべきだと判断したら、使うべきだと、おっしゃいます。
それが、鵜山さんにお話した“何でもありだから”という意味だったそうです。

で、鵜山さんが、池辺さんとのやりとりの中で一番印象的だったのが
お会いするたびに、「(作曲の方は)いかがですか?」と伺うと
「『鹿鳴館』のうち“いち鳴館”位は出来たよ」とか、
「“よん鳴館”まで出来ていたのに、いつの間にか“に鳴館”まで戻っちゃったとか(笑)」
時間が合えば、新国立劇場に来て楽しまれていた池辺さんでしたが
去年の秋頃から、劇場に来ると、色んな方から作曲の進み具合を聞かれるそうで
来れなくなった・・と、池辺さん。「苦しかった」と、おっしゃっていました。
ヴォーカルスコアを書き始められたのは、去年の今頃だそうで7月の頭に完成。
次にオーケストラのスコアは、3月に完成されたそうです。それも金沢で『耳なし芳一』のオペラの
指揮をする2時間前に書き上げられたそうです。
すごいですねぁ~

せっかくなので、『鹿鳴館』の旋律を池辺さんが弾いて下さいました。
自分で弾いた事が無いとおっしゃいながら、明治の雰囲気をかもしだす旋律で
NHKドラマ『夜会の果て』に使っていたテーマ曲を
軍楽隊にアレンジして使用されたそうで、引き比べをして下さいました。
本来、使った曲を転用される事は、あまりされないそうですが
このお話があった時に『夜会の果て』の曲を使おうという構想があったそうです。
軽やかで、重くて、不思議な旋律なんですが、すごく耳に残ります。
軍楽隊からアレンジでワルツになって、ワルツが2種類、カドリーヌ(ポルカに近い)
そういう曲が入るそうです。

若杉さんと、池辺さんとのお話の中で、「舞踊会はちゃんと舞踊会としてみたいね」と
「ド・ライブでやってます」と鵜山さん、なんか仕掛けもあるらしいですよ。
「猿のダンスを踊っている」と、原作にもあるそうなので
「云ってみれば、似合わない格好でやっている。西洋の文化も消化もしてないのに格闘している」
そういう面を入れて、演劇的に挑戦されてるそうです。
う~ん、何を企んでるんでしょうねぇ、鵜山さんは(笑)

もうちょっと続きます
by berurinrin | 2010-06-29 23:01 | イベント

司会進行の新井鷗子さんから
これまで沢山のオペラを演出されている鵜山仁さんに
「音楽的な時間の流れているオペラ」と「演劇的な時間の流れているオペラ」では
演出の違いはどうなんでしょうか?と質問がありました。
すると、鵜山さん
先ほど、池辺晋一郎さんが鵜山さんを「譜面の読める演出家!」と讃えておられましたが
「あれは、大嘘なんで(笑)」と否定されながら
「だから、音楽的な時間が流れるオペラ・・って、いうのが・・・よくわからないです。」
演劇的といってしまうと、口幅ったいとおっしゃりながら
「例えば、登場人物が二人、ぶつかり合いだったとしたら、どんな力関係が入ってきて、
どう関係が変わっていく・・そういう風にしてしか読めない」

と、例えば『鹿鳴館』の影山伯爵と妻・朝子さんの関係で話をして下さいました。
対峙してるこの二人に“間”があって、その“間”は、ただならぬ“間”であり
この“間”は作者の三島由紀夫さんが仕掛けてる“間”であり
池辺さんが仕掛けている“間”でもあるとおっしゃいます。
ある秘密を発見して、動揺して、なおかつ罵倒する。
この三つの違う感情が間奏の中に込められていて、そういうことを発展して
稽古場で共有していく事は、面白いし、遣り甲斐があるそうです。
「こんなに間奏があるんだけど、どうするの?」って
役者もオペラ歌手もそんなに相手の関係や間合いを考えてるわけじゃなくて(笑)
意外と自分の台詞をどう言おうか?!とか自分の歌が・・とか
「みんなじゃないですよ!!(笑)」と否定しながらおっしゃいますが、すごく面白い内容です。
とはいえ、それが演出の付け目だと(爆笑)
「お互いの関係、火花散るような関係・・ドラマになっていくことが基本中の基本」と鵜山さん。
そこのところを稽古場で共有できるっていうのは“間”が無いとできない
かなり長い“間=間奏”が、あるそうで、“間”が無ければ、お互いしたり顔で歌っちゃう・・
ですが、さすがにどうにかしないといかんと、彼らもお互い考えられるそうで
池辺さんに感謝してます(笑)と、鵜山さん。
なんか、楽しそうに語ってます♪

以前、池辺さんがあるオペラをご覧になられた時、登場人物が二人で、一人の方が
歌っているときに、もう一人の方が一回転をされたそうで??全く意味不明だったと・・
それは、全く演劇的な要素が現れていなかった
『フィガロの結婚』など有名な古典オペラにしても演劇的側面がよく描かれていると
池辺さんはおっしゃいます。
すると、鵜山さん「僕も稽古場で、こないだ歌い手さんに一回転してみて下さい」って言ちゃった(笑)
「でもそれは魂のピレエッタなんです。」と、続けて
「一回転してる間に世界が変わるわけですし、変わらなきゃいかん。
魂のピレエッタでもトリプルアクセルでも良いんですけど・・(笑)」
以前『イリュージョンコミック舞台は夢』で、舞台上で高田聖子さんが
一回転半されてました(笑)
稽古場で鵜山さんから「魂のトリプルアクセルを見せて欲しい」と言われたと、シアタートークで
おっしゃってましたね(笑)
あのシーンは、女心のもやもや感を払拭したシーンでした。

普通のお芝居の『鹿鳴館』の舞台では出来ないようなアクションが、ぼこっぼこっと出てくると
いいなぁ~と、おっしゃる鵜山さんに対し、「それは必然だと」池辺さん。

すると、新井さん
「オペラの作曲というのは、間合いとか、演出しながら作曲されるんですか?」
「隣に演出家がいるので、言いにくいなぁ(笑)」と、池辺さん。
オペラを作曲する事は、半分位演出してるようなものだそうです。
これまでのすべてのオペラもそうだとおっしゃいます。
で、ここで池辺さんからビゼー『カルメン』の演出の例話をして下さいました。

ビゼーの『カルメン』は、最後ドン・ホセにカルメンが刺されて死んで幕がおります。
ある演出家が新演出をしたいと思って、最後にホセが刺してもカルメンは死なずに
カルメンにホセを睨み付ける、たじろぐホセ・・そして二人の関係から・・・と、
けれどもカルメンが刺されたら音楽も終わってしまいます。
いくら演出したくても音楽が無い。
ということは、作曲したビゼーが、カルメンが刺されたら幕を降ろす演出をしていた。
それ以上、演出をする余地がない。
ほぉ~オペラのスコアは、そういう風にできちゃってる・・池辺さんのお話は、わかりやすいです。
そう思って、作曲をされていると、池辺さん。
で、残りの部分を演出されるのが、鵜山さん?!
「誠に失礼ながら、かつ不遜ながらそう思ってます(笑)」

「楽譜からおのずと演出のプランが出来上がっていくのですか?」と、石井さんに対して
鵜山さん「楽譜読めないんで、謎だらけ」とおっしゃる鵜山さん。
なんで「あ~あ~あ~」って歌うんだろう?ってよっぽど天気がよかったのかなって(笑)
この間を空間として取られたり、様々な池辺さんの表情を思い浮かべたりしながら
音として温度としてどうなのかなぁ?と、読み取ると同時に
プロンプターの方が、早々に全曲をご自身で歌われたテープを作って下さったそうで
それを聞きながら、解読というか、むしろ誤読して万華鏡の世界のようにいくのが
オペラの猥雑なところであり楽しいところとおっしゃっていました。
また、池辺さんの音楽で完結してしまうとオペラなんて大きな舞台は必要ないと。

池辺さんと鵜山さんの信頼関係があるからこその会話のやりとりが、ホントに素敵でした。

まだまだ続きます(^^)/
by berurinrin | 2010-06-28 23:33 | イベント

新国立劇場創作委託作品世界初演
『鹿鳴館』オペラトーク in オペラパレス ホワイエ(6/12)

池辺晋一郎(作曲)
鵜山仁(上演台本・演出)
新井鷗子(司会:音楽構成作家)

6/24初日の世界初上演作品のオペラ『鹿鳴館』を前にオペラトークが開催されました。
新国立劇場で演劇が上演される時は、公演中にシアタートークというイベントが開催されて
演出家やご出演者が登場されて、作品についてのお話を伺えるんですが
オペラトークは、新しいプロダクションの時に開催されるようで
2007年の『カルメン』の時にオペラトークに参加しました。
当時は、オペラ部門芸術監督・若杉弘さんが司会進行されていて、穏やかで温かい
そのお人柄が伺えるようなほのぼのとしたトークでした。
若杉さんが亡くなられ、若杉さんの念願だった『鹿鳴館』の上演を前に行なわれたトークも
まるで若杉さんが参加されているような、温かいほのぼのとした楽しいものでした。

『鹿鳴館』は、1956年に三島由紀夫さんが文学座の為に書き下ろされた作品です。
まず、今回のオペラの実現化についてのお話から、池辺晋一郎さんが語って下さいました。
10年以上も前に、今は亡き・若杉弘さんから
「『鹿鳴館』をいつかオペラにしようよ。やるなら君だ!」と言われたそうで
ただ作品的には異色の中の異色で、三島文学は必ずしもオペラに適したものでは、
ないらしいのですが、それでも「いつか、書くのか」という思いがあったそうです。
と、いうのも池辺さんが大学生の時に三島文学『午後の曳航』をオペラで
書いてみたかったそうですが、脚本化することができなかった・・と、
後に若杉さんから、「(三島文学を)オペラ化にするなら、小説よりも戯曲がいい」と言われ
もっともだと思われたそうです。
三島さんは「みのこ」という作品を、オペラの為に一本だけ書いておられるそうですが、
まだ誰も上演に至っていないそうで、それもいつかは・・と、池辺さんがおっしゃっておられました。

丁度、地下の稽古場では、7月公演『エネミィ』のお稽古中だそうで、そちらに出演される
いわゆる演劇の俳優達が『鹿鳴館』をオペラにする企画について、
「いい企画だねぇ」と、言って下さってると鵜山さん。
鵜山さんは、上演台本を書かれたんですよ!すごいですねぇ~っ!!
で、いきさつを聞かれた鵜山さん。
1956年に文学座で初演された時に、
第三幕で久雄さんと顕子さんという若い恋人同士が散歩するシーンの
「・・あの寒い夕風の吹きかよってくる玉砂利の道を私たちが歩けば・・」という台詞を
かの杉村春子さんが、「あんな説明的な台詞はいえないわ」みたいな事を言われたそうで
結構、伝説的になっておられるようですが(笑)
「文学的詩的な台詞なんですけど、歌ってみせようっていうんだから、なんとも面白い」と
上演台本作成と言いながらも、本来は1/5に縮めただけと、おっしゃる鵜山さんに対し
「ちょっと補足します!」と池辺さん「補足(細く)っていうか、太くします!」(爆笑)
で、池辺さんから、
三島作品は、一言一句言葉を変えることが許されない・・だからと言って、そのまま上演したら
オペラとしては不可能な長時間になってしまう。。。。
1/5に縮めたからといって、カットした部分を勝手に言葉を書き加えて繋げる事は許されない。
カットはするけれど、残った言葉は、そのまま三島さんの言葉でなくてはならない。
「てにおは」まで勝手に変える事が許されない位に、厳しい決め事があったそうです。
本来、これらの事は、若杉さんと池辺さんのお二人の共同作業の予定だったそうですが
ものすごく大変な作業であり、お二人ともお忙しくて、なかなか一緒に作業が出来ないという事で
鵜山さんにお願いされたそうです。
「ものすごい大変な作業だったという事を、太く(補足)しました」と池辺さん(爆笑)
えっ、すごいお話をして下さっているはずなのに、池辺さん・・駄洒落、連発なんですけど(笑)
それに対して鵜山さんは、つーと
はじめに音楽があったわけじゃないので、池辺さんの顔は常に感じておられたそうですが
「好きな台詞をアンソロジーしていただけ」と、かるーくおっしゃっていました。

ただ、一つの言葉だけ変えちゃったそうです。
それは「憎悪」という言葉、どうしても「ぞうお」という言葉が譜面に乗りにくくて
「にくしみ」とされたそうです。
「ここに三島の関係者は?ちょっとどきどきですが、すばらしいカットの仕方だった」と池辺さん。
そして必殺仕業人みたいな役どころの飛田天骨さん。
文学座の早坂直家さんが演じられておられますが、飛田さんの台詞を全てカットして
「だんまり役にしよう」と、これは若杉さんのアイデアだったそうです。

「譜面の読める演出家!」
鵜山さんを大絶賛の池辺さんです。いやぁ~池辺さん、いい人です(笑)
池辺さんと鵜山さんの関係は、かなり以前からの繋がりがあったようで
さかのぼれば鵜山さんが演出家の木村光一さんの演出助手時代から30年以上・・
「池辺さんの駄洒落を聞かされっぱなしだった」と鵜山さん。
鵜山さんの駄洒落は、池辺さんからきてるんだぁ~と、妙に納得してしまいました。
そんな信頼関係の厚い二人によって作られた
『鹿鳴館』は戯曲自体、会話劇に近い芝居。それに歌を乗せる事への挑戦について
池辺さんは「オペラは演劇的なものであるという」考えをお持ちだそうで
なかには「オペラは音楽である」という人もいるそうですが、
演劇的に確立したものの上に音楽が乗ってくると、考えておられるそうです。
例えばと、池辺さん
二人の会話のシーンで、簡単な問いかけであれば、即答できるけれど
難しい問いかけの場合は、言葉の前に、言葉が詰まったり、考えたりする時間が必要な訳で
それを譜面にする時も、何小節とか、そういう演劇的な要素が必要になってくるそうです。
う~ん、これらはまさに演劇的な関係性ですね。
鵜山さんもよくおっしゃってる言葉です。
オペラは演劇の一つのジャンル・・と、池辺さん。まさに打ってつけの作品だそうです。
そんな『鹿鳴館』は、池辺さんにとって9本目の新作にあたるそうです。

『鹿鳴館』の感想の前にUPしなくちゃ。。と思ったんですが、思いのほか
面白い話がわんさかあって、でも池辺さんのお話を伺うのが初めてで
なかなか言葉が早くて追いつかない(><)かなりニュアンスが異なっているかも・・
ごめんなさいm(_ _)m
by berurinrin | 2010-06-27 22:18 | イベント

新国立劇場オペラ『カルメン』 in 新国立劇場・オペラ劇場(6/13)

作曲 ジョルジュ・ビセー
台本 アンリ・メイヤック/リュドヴィク・アレヴィ
原作 プロスペル・メリメ
指揮 マウリツィオ・バルバチーニ
再演演出 澤田康子
演出 鵜山仁

スペイン・セルビアが舞台。
ホセ(トルステン・ケールさん)は、心優しい婚約者ミカエラ(浜田理恵さん)
を大切にする真面目な伍長さん。
ある日タバコ工場で働く自由奔放で魅力的なカルメン(キルスティン・シャベスさん)
が女工達と喧嘩をして、逮捕されます。
ホセがカルメンを連行しようとしますが、カルメンの魅力の虜となり彼女を逃がして
しまい、その責任を取ってホセが逮捕されて投獄されてしまいます。
出所したホセはカルメンに会いに行きますが
偶然見かけた上官とカルメンの関係に嫉妬したホセは、上官に決闘を挑み
カルメンの云うがままに、密輸団の仲間になってしまいます。
全てを捧げてカルメンに尽くすホセ・・。けれどもカルメンの心はすでにホセからは遠く・・
彼女の目線の先には、彼女に好意を持つ闘牛士エスカミーリョ(ジョン・ヴェーグナーさん)の姿が・・・

2007年、鵜山さん演出の初演『カルメン』以来の2度目のオペラパレスです。
相変わらすハイソな雰囲気満載~!
当時の感想を読み直すと、思いっきりおのぼりさん状態で、テンションの高い事、高い事(笑)
なーんて、いいながらも(笑)今回も実は、めっちゃ楽しみにしてまして、もうテンション高い
2回ある25分の休憩時間が手持ち無沙汰で、
どーしたらいいのか?もーわからんと、サンドイッチを2回も買って食べちゃった(笑)
あほです。
『カルメン』は、どの楽曲もみんな好き。美しくって切ない旋律に溢れまくっています。

さて、再演の『カルメン』
主要なキャストも変わって、前回のカルメンは、マリア・ホセ・モンティエルさん。
とっても綺麗な方で、品があって可愛らしくて、ホセを誘惑するところなんて子悪魔ぽくって
めっちゃ素敵だったんですけど、今回のキルスティン・シャベスさんは、
セクシーダイナマイト路線(笑)一直線風。
女性からは俄然嫌われるタイプだけど、男性にはモテモテ女という、なんだかなぁ~と
でも自分に正直に生きてるカルメン像としては、マリアさんより、より近いのかもしれません。
でも、ちょっとショックだったのは、初演のエスカミーリョを演じられた
アレキサンダー・ヴィノグラードさんが、これまたしゃきーんと若々しくて綺麗な美しい方で
本能のままに生きるカルメンが、ホセを振ってエスカミーリョに心が動いちゃうのが
「こればっかりは、仕方ない」と納得したんですけど
今回のエスカミーリョ・・・う~ん、見た目が・・そんな・・どうなんですかねぇ~

オペラについては、まだまだ知らない事がいっぱいあって
今回は、再演演出という言葉。
要は、今回の再演の演出は、鵜山さんは絡んでいないんですよね。
オペラ『鹿鳴館』と『カルメン』の稽古初日が重なっているという事でも、ピンとくると思いますけど・・
やっぱ、オペラっていうのは、様式美で見るものなのかしら・・と
前回、演出助手をされた濱田さんが、事細かく初演時をそのままに再現して下さっているんですが
歌手も変わって、アンサンブルや助演も変わっているので、やっぱ違う。
幕開けと同時に、活気溢れる町の喧騒や華やかさが、舞台から溢れんばかりに
溢れてきたものが、残念ながら今回は感じられなくて、人がわらわら沢山そこにいるだけの
気持ち悪さに、一体これはなんだろう?と思っていたら
美しい音楽の終わりに拍手によって演奏止まってしまうシーンがかなりあって、それもあってかな・・
とも思ったんですけど・・まだ、まだ、オペラの見方がわからん。
オペラの休憩時間の過し方がわからん。

でも、夢のように綺麗だったなぁ~歌声も舞台も・・・また観たいっ!!

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6/10(木)、6/13(日)、15(火)、18(金)、20(日) in オペラ劇場

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オペラ『カルメン』に合わせたウエルカムフラワー!入り口を入ってすぐの正面に
飾られています。素敵でした。
ちなみに真っ直ぐ正面の階段を上がっていくと中劇場です。
by berurinrin | 2010-06-27 13:41 | オペラ

「木場さん、音楽大好きなんですよねっ」と、石井一孝さんから
木場勝己さんに、音楽についてのお話(笑)
「ああ歌え!こう歌え!って言われるのが、大っ嫌い!」(笑)
好きに歌うのは気持ちが良いんだそうですが、、演出的注文や歌唱指導の先生とか
「言われる度に、むっ(怒)とはする(笑)合わせないといけないんで、頑張ってる」と
おっしゃる木場さん。
やっぱりハーモニーが「合う時は気持が良い」と
「本当は何も言われないで出来れば良いんだけど、そうもいかないので・・」
と、やっぱり歌の指導をされるのはお好きじゃないんですね。

石井さんからには
「相当量の音楽があるにもかかわらずミュージカルにしたくない。いわゆる良い声はいらない。」
と、なかなか厳しい・・ダメ出しがあったそうで
台詞を言っている音域と歌声の音域を違えたくない
より台詞に近く、歌わない、良い声もビブラート、伸びやかな声もいらない。。。
ちなみにビブラートを掛けると声が安定するそうです。
と、重ね重ねf(^_^;)なかなか厳しい要求だったようですが
実際、自分がやってみて、また今回は観客として舞台を観てみると
とても新鮮で、台詞と同じに伝わってくるものがあった、とおっしゃいます。
とはいえ、「今まで磨きに磨き上げてきたものを封印された感じになっちゃいましたね」と
司会の中井美穂さんから言われて
野球用語に例えて「カーブ禁止、フォーク禁止、ストレート130km台の押えで」と
「でも切れ味はあるように」(爆)

キャスティングについて中井さんから質問された鵜山仁さん♪
「なんかね、いやだって言ったら成立しないかもしれない・・拒否権を発動した覚えが無いかも・・
芸術監督には、人事権も予算執行権も無いけれど、「いやだっ!」って言ったら、もめるかも
かもしれません・・」と、鵜山さんがお話して下さっているのに
なんか落ち着かないなぁ~と
と、上手袖のほから角野卓造さんが、ひょっこりお顔を出されました(笑)
「すいません、下で第3部の稽古が始まるんですけれど、シアタートークがあるって聞いて
何しに来たんだか・・お暇がございましたらと、いうか切符がありましたら・・」
と、角野さん・・・一瞬でしたが、紙芝居屋さんの親方のいでたち(笑)でのご登場でした。

っと、また話が戻ってキャスティングについての続きです。
個人的には一緒でなきゃいけないわけでもなんでもない・・と、おっしゃりながらも
頻繁にご一緒してる方々なので、「だめだ」って断る理由がないし
それでもニアミスやちょっと交差したりしていて、違うものが観れるんじゃないかという楽しみもあるし
歌唱力と演技力とか、持てる力とか、どこで仕分けしたらいいのか?しない方がいいのか?
いっさいわかりませんが、と言いつつ
「まぁ賭けですもんね(笑)企画そのものも賭けだし、配役だって、
人生だって賭けそのもので、そんなことをいったら
みも蓋も無いけれど、そんなもんじゃあ~りませんか(←木場さん風に(笑))
それを楽しみに見に来て頂いてるのでは?なーんて逃げ口上を言ってます」
なんてちょっとおちゃら気ながらも
改めて能力を発揮して頂いて、ありがたいと鵜山さんは、おっしゃっていました。

第二幕8場、木場さんの「おんぶしていた赤ちゃんを錐でさされた話」
非常にむごくて胸の痛むシーンですが、台詞のところにカッコでト書きが入っていて
それは、「生まれて初めて出しましたというくらいふしぎな、怒りの声で」と書かれているますが
どうやって、ト書きに答えるんですか?と、中井さんから木場さんへ
すると、木場さんから
井上さんは、本を書く時に、基本的には字として残すことを前提に書かれる方なので
ト書きがあるんですけど、それは「読む方への手助け」とおっしゃいます。
ただ、理不尽に無視することもできないけれど、毎日ちょっとは違うそうで
「出した事のない怒り・・なんてねぇ」と木場さん。
怒り方の色合い、ボリュームが稽古場でも舞台でも違ってくるそうです。
「同じ事は出来ない」とおっしゃります。
例えば俳優の温度が高かったり、低かったり・・毎日、違う。
普通の言葉で温度が、残念ながら低くなっちゃったり、高くなっちゃったりした時、
普通に戻す為、井上さんの言葉が負担になって落としたり上げたりしてくれる。
それは奇をてらわず、普通の言葉を選んで井上さんが書いてくれる言葉の力だそうです。

言葉という事で、去年演じられた、鵜山さん演出の『ヘンリー六世』のトールボットの話になって
シェイクスピアの膨大な台詞と井上さんと比較された中井さん。
すると、木場さんから
言葉には、意味と内容があるって、それは台詞の中に書いてあるそうで、
問題は、言葉を何の為に誰に言っているかが、内容よりも優先的である
収める、怒るとか、勇気づけるとか、ちゃんと使われていれば、言葉=自分との関係が出来てくる。
目的を言う事により何を伝えたいかが見えてくる。と木場さん。
これは、鵜山さんもよく関係性という言葉を使いますし、絶対的な基本だと思います。

でも・・と、木場さん(笑)
たまに演出家と関係性に対して違いがあったりすると
「はい」と云いながら言うことを聞かないとか、その場でディスカッションしてなるべく勝ちたい。と(笑)
面白いですねぇ~
vs神妙な面持ちの鵜山さんです(笑)

さて質問タイムです。
早速、鵜山さんへの質問で
「“東京裁判で、天皇への戦争責任の追求することが意図的に避けられた”と、
台詞に明確にされていますが、表現の自由があるとはいえ、上演に際して配慮とかあったのですか?」
という質問に対して、鵜山さん。
97年に新国立劇場が開場した時の作品『紙屋町さくらホテル』を上演したときに
色々な問題をクリアしたと以前からお話されていたように
この劇場には、表現上のタブーはないと
「そもそも言いにくい事を、言う商売ですから。表現しにくい事をどう表現するか?
目に見えないものを、どうに目に見えるようにしていくかが、我々の商売ですから
ちょっと誇りをもってる」と、おっしゃる鵜山さん。
当時、劇場が全力で持って支えた過去があって、公共の国が支えた・・という事は
我々ひとりひとりが支えたという事ですから、この劇場は、それ以降、紆余曲折はあっても
自由にやらせてもらえてるそうで
今回の再演もなんら問題はなかったそうです。

お稽古中のお話をして下さって
“ずったか”(笑)と、高橋克美さんからニックネームをつけられた
石井さんから、演出の栗山民也さんのダメ出しされて、共演者の方に慰められたりと
ファミリー的な現場の様子をお話下さいました。
また土居裕子さんからは、栗山さんと鵜山さんでは全然演出が違うけれど
共通点があって、それは「二人ともしつこい」(爆)
木場さんからは、一ヶ月位の稽古期間で憎しみあっちゃうと稽古できませんからと
親しくなっちゃうし、親しくなった方が良いとおっしゃる木場さん。
それは、舞台の上で憎しみあう相手であっても、愛し合う相手であっても
相手を必要としないと出来ない事なので、相手を必要とする濃密な時間がないと
舞台にドラマが生まれないとおっしゃいます。
例えば、失恋する相手であれば、その前に愛していないとドラマは生まれない・・
なので家族や友人達よりも、濃密にならざるおえないし、濃密で無いとダメだと
でも数限られる時間の中で助かると(笑)一生涯だと「えらい大変ことだと(笑)」と、
おっしゃる木場さんの言葉はとても深いと思いました。
そして鵜山さんも
いつも稽古場では、なんでこの人はここにいるんだろう?と考えられるそうで
それは関係性のことをおっしゃっておられると思うのですが、そこのところがしみじみ
わかるといいなぁと思って演出されてるそうで、出演者の方々に遠慮がちな言い回しを
されつつ、ご出演者の方々に(笑)「今後ともよろしくお願いいたします」

最後に一言づつ
石井さんから、
今日は客席でご覧になっていて大変感動して、こういう作品にたずさわらせてもらえた
ことの喜びをおっしゃっておられました。
観ていて台詞を言ってる感じも演技をしている気もしない、当たり前といえば当たり前なんですが
客席でちょっと前のめりで見ている自分が居たそうです。
こういう作品を書かれた井上さんがいて、演出の栗山さんがいて、出演者がいて
ご自分のその一人であったことの感動を真っ直ぐ伝えて下さる石井さんです。
次の『夢の痂』も観て欲しい
ご自分を含めて、皆で戦争について考えることはよいことだと思う・・と、沢山お話して下さった
石井さん・・。すごくフレンドリーで優しい方ですね!

土居さんからは、
「今回は『夢の裂け目』の最初に井上さんが亡くなったという衝撃がありました。
そんな中で三部作をやっているのは運命かなぁと
『東京裁判』再演を果たして出演させて頂けて、上演できる国立の劇場もある
日本も捨てたもんじゃない。日本の政治家も頑張れ!って」

木場さん
芝居は生身のもので、その時、その時間で、そこの場所でやっている所に来なきゃいけない
ここでしか起こらない、生まれない小さなドラマ、かけがえのない時間を
お客様にも味わってもらいたい
一生懸命作りまから・・劇場に足を運んでください。
皆さんが、足を運んでくださると、我々の経済も成り立つ(笑)と、最後まで面白い木場さんでした。

で、最後は鵜山さんから
「ありがとうございました。
この弁護士一家もそうですが、持ち寄り家族で色んな人が集まって一つの空気をかもしてきて
井上さん流の言い回しだと共和国になる。
で、全然違うところから、そういう一つのパフォーマンスを見に来る為に劇場があって
井上さんは、劇場に対しても大変夢を持っておられる方」で
そんな井上さんの考えに励まされて、こういう仕事をしてる実感が本当にあるとおっしゃいます。
井上作品とこの劇場にかかわられたことが、体の中で信じるに足るものを何かを蓄えられたと
鵜山さん。
「そして今後も井上作品とこの劇場をよろしくお願いします」と、最後に締めくくられました。

なんか、ちょっと鵜山さんお疲れなのかなぁ~と、心配でf(^_^;)
まぁ後から、喉の調子がひりひりした感じだけど、絶好調と(笑)言われ・・ホッとしたのでした。
by berurinrin | 2010-06-26 23:25 | イベント

『夢の泪』の終演後シアタートークが開催されました。

司会は、中井美穂さん。
まず登場されたのは、演劇部門芸術監督の鵜山仁さんです☆きゃーきゃー!!
「連日、こうやって劇場に来てくださって、井上さん、出演者・・共々喜んでいると思います。」
現在は地下の稽古場で、目下第三部を稽古中との事
「演出の栗山さんがへとへとになっちゃっているんで、身代わりに出てきているんですけど・・」
いやいや身代わりばんざ~い・・すいません(><)でも、嬉しいです。

さて、前回のシアタートークで同じ年でいわゆる同級生の栗山民也さんに対して
「『東京裁判・三部作』(演出)やりた~い!!」と、対抗心もりもり(笑)鵜山さんの発
言を振り返るかのように中井さんから水を向けられると
「好き勝手な事を言うと憚られるんですが、僕が演出しているわけじゃないので・・」と、おっしゃりつつ
「別に対抗心燃やしてないわけじゃないんですけど・・」
やっぱ燃やしてるんだぁ・・
で、初演を振り返って質問されると
「誰が、何を裁いているんだろう・・と、そういう意味では、なぞが多い芝居。」
観る人、立場によって価値判断が違ってくる。
栗山さんも同じ言葉を使っていたそうで、違うものの見方とか考え方が
現場的な言い方だと、それがぶつかった時に、ハーモニーになるかノイズになるか?!
紙一重だし、ハーモニーもノイズも悪いわけじゃない
そのセンスが厄介な芝居。色んな座標軸で、それぞれの価値判断で
世界を回している・・・そういう表現意識をそそられるというか、対抗意識を燃やされるというか
・・やっぱ、演出したいみたいですねぇ鵜山さん(笑)

最終シーズン“戦い”3部作、3にこだわりたいとおっしゃいます。
3年やっていて、そのメリハリについて
○があってXがあって、△もある。
もしAとBがあったらCという違う答えもあっていいし、白か黒しかなかったら・・生きていても面白くない。
弁証法って、相異なる意見がぶつかった時に両方の意見をまたがって
前に進むべく答えを見つけるという、アウフヘーベンという言葉を使った鵜山さん。
鵜山さんってば、アウフヘーベンという言葉、お好きなんですよね。
井上ひさしさんの『人間合格』に出てきていた言葉でした。
わたしもこの言葉の意味を知ってとても好きになった言葉です。
「良い日もあるし、悪い日もあるし、転がって前に進んで明日がある。」まっ!
鵜山さんの言葉、素敵ですよね☆

ご出演者の木場勝己さん、土居裕子さん、そして石井一孝さんが現れました。
第一部『夢の裂け目』にご出演されて、今回は客席でご覧になっていた石井さん
早速、感想を聞かれて
「やっぱり圧倒された」そうです。
舞台装置は、床の板目とか微妙に違うらしいですよ。
前回初めて、井上作品に触れた石井さん。元々はミュージカルを活躍の場にされているので
かなり戸惑いがあったそうです。
例えば「一音一句違わずに言うこと」ミュージカルは翻訳ものが主なので
演出家がOKと言えば、多少語尾を勝手に変えたりするのは日常的な事なのだそうです。
「て、に、お、は」というか、「一音一句変えずにやってください」と
顔合わせの時に、三部作の出演者・スタッフ全員の前で井上さんからのメッセージが届いたそうで、
演出の栗山民也さんも同じ事をおっしゃったそうで、
井上作品の面白さと難しさひしひしと感じられたそうです。

『東京裁判・三部作』初参加の土居裕子さん
前回『夢の裂け目』では、プロテスタント系メソシズト派の女伝道師(禁酒らしいです)
そして今回は、酒に溺れる・・というか、「節操のない女優だなぁ」と楽しかったとおっしゃっていました。
本番とお稽古と同じ進行だったそうで、同じ立場の木場さんと
朝、お互いに「元気だよねっ!」とアイコンタクトをされていたそうです
「ナンシーは、あんな女なんですけど・・根底には、愛する夫と愛する歌を思う女性」
ご自分にぴったりだと(笑)
客席に向かって「酒!!」と歌いますが、初日には目を背けられたそうで・・迫力ありましたもんね。
でも、ちょっと寂しくて栗山さんに話したところ「みんな全員を背けさせろ」と
落ちていく快感が楽しいとおっしゃいました。

『夢の裂け目』では、紙芝居屋の絵描き。
先輩弁護士役で、69歳の設定で最後はおじいちゃんと
10年前の初演『夢の裂け目』を拝見した時は、自分だったらと考える年齢じゃなかったのに
今度は大分年が近くなったと、木場さん(笑)
『夢の泪』も(年齢設定が)5歳位しか違わなくなって、こんなになっちゃったんだなぁ
寂しい気分とおっしゃいました。
と、当時の観劇した芝居の印象を聞かれて「忘れました」(笑)

井上さんの膨大な量の台詞を頂く役が多いとおっしゃる木場さんですが
膨大な量の台詞の時は、メッセージやテーマとか言わなきゃいけないわけで
今回は、台詞が少ないので楽だなぁと思ったら、歌がやっかいだとおっしゃいます。
けれどもその場にいて、参加したり見守ったりするのが、楽しかったそうです。
「その台詞の隙間隙間で小さなドラマが点在していて、それらを見たり体感するのが楽しかった」と
おっしゃいました。
『夢の裂け目』では、土居さん扮する川口みどりさんとは、獄中で会うので
その時の川口さんの言葉で、一喜一憂で動かされ、
石井さんとの場合は、獄中のシーンで「あなたが頑張れよ」と言われ、少し憎しみが・・(笑)
言うだけ言って「お前がやれよ」って・・「一孝君が嫌いなわけじゃないですよ」(笑)
『夢の裂け目』時の心情を解説してくださった木場さんでした。

井上さんのメッセージをたくさん託された役の石井さんは、
すごく難しい台詞が多く、練習していても何日に一回は台詞を噛んじゃう(苦笑)と、
共演者の高橋克実さんに「お前は噛むよなぁ」と(笑)
井上さんから「一音一句変えずに・・」と、石井さんは前回公演を思い出して
かつてない緊張感を感じておられるたそうです。

初演時には、やはり台本が間に合わず1ページ1ページ、台本がFAXで
稽古場に届けられたそうですが、翌日届いた台本が全く同じで、よくよく見たら
「、」の位置が変わっていたり
「に」→「へ」に変わっていたとか・・
まさに心骨削っての一音一句・・・。すごいです。

土居さんの歌い方について、ミュージカルで拝見する時と全然違うと、中井さん。
それについて演出家から指示を受けたそうで
良い声を要求しているわけではなくって
ナンシーという人間が発している声であって、
明日食べるものがなくなる・・そんな時代に生きている人間の声が欲しい。
と、オーダーが出されたそうです。

また、春風ひとみさん扮するチェリーさんと2人で一つの声を発するシーンも多く
どうやったら良い感じになるか?二人でよく話し合われたそうです。
結果、今突然にふっとやっても合うと思うと、土居さん。
まるで双子のように、喧嘩していても、何があっても一緒に声を合わせられると
「けんかしてる・・って健康的だろう」って栗山さんがおっしゃったそうで
この2人のけんかは仲良しのけんかだって思って演じられておられるそうです。
そんな春風ひとみさんとは、楽屋も一緒。
やっぱり人間ですから、どうしても合わない人っていると思うが
お互いに歩み寄って譲り合う、いいパートナーだとおっしゃいました。

なんかいつもよりもおとなしい?鵜山さん・・にちょっと心配な私です・・
次回に続きます
by berurinrin | 2010-06-24 23:54 | イベント

東京裁判三部作・第三部『夢の痂』 in 新国立劇場・小劇場(6/6)

作   井上ひさし
演出 栗山民也

ひとりの男が自殺を図ろうと海に飛び込みますが、松の枝に引っかかり命拾い。
そしてその後、男が行き着いた先は、東北のとある小さな町の大きな会社の土蔵の中。
その男は、元大本営参謀・・陸軍大佐・三宅徳次さん(角野卓造さん)。
現在は古物商の商いをしているところ。
そこへ満州から引き上げてきた娘・友子さん(藤谷美紀さん)が訪ねてきます。
そんな折、東京では、東京裁判が行なわれているこの時期に、天皇の行幸があり
この町を訪ねられるとのこと。あたふたする人々を前に、徳次さんが立ち上がります。

『東京裁判・三部作』の最終章『夢の痂』です。
唯一、初演を観たのはこの作品のみでした。
当時の感想を振り返ってブログを読み返してみたら、自分の中で殆ど作品を消化できず
もんもんとした思いが募っていたのを思い出しました。
今回は、小林よしのりさんの『天皇論』を読んでますけど・・(そこんところも変わってない)
でもちょっと、この本はおススメですよ。
ちょっと文章に激しい所はありますけど、天皇という立場の特異性が
日本だけはなく世界的にも不思議なお立場なんだなぁ~と、考えさせられました。

さて『夢の裂け目』『夢の泪』と『夢の痂』と続けて拝見して、
はたして自分の中に何が残ったんだろうと
胸に手を当てて考えてみたんですが、上手く見つからないんですよ。
でも、きっとそれって難しい言葉を優しく伝えてくれる井上さんの作品によって
自分の中で、逆に消化しちゃったんじゃないかなぁ~とも考えてみたりしちゃって

戦争によって、立場、状況、どんな苦しみを背負っても生き残った私達は生きていかなきゃいけない。
生き残った私達は、それらの過去を清算・・いや、丸抱えして
自分なりに辻褄を合わせながら、時代の流れに乗っかって再生されていくものだから
東京裁判と表題がついていながらも、裁判を取り巻く人たちの環境、立場のお話で
結局は、わたしたちのお話だったかなぁ・・と、思った次第です(ちょっと歯切れが悪いのですが)

今回は、ラストに初演時には無かった
『夢の裂け目』のラストのシーンが追加されていました。
それはきっと演じる側の彼らにも、何か大きな心のメッセージを伝えているような
井上さんの温かい言葉で綴られた歌詞でした。
歌いながら舞台中央に固まって上を見上げる姿に、思わず、つーっと涙が流れました。

6/3(月)~6/20(日)まで、新国立劇場・小劇場[THE PIT]
by berurinrin | 2010-06-23 23:11 | 観劇感想

『ヘンリー六世』の演出について
「知的な演出をされた」と河合祥一郎さんが、総合的な感想をおっしゃいました。
それは、シェイクスピアがわからない人に対しても、明晰でわかりやすかった。と
「そのまま『リチャード三世』が観たかった」と、河合さん。
わたしも観たかったぁぁぁ~!もちろん鵜山仁さんの演出で♪

『ヘンリー六世』のお芝居の中の場面で一際、河合さんの心に残ったのが
戦場のシーン。
中でも、息子を殺してしまった父親と父親を殺してしまった息子の嘆きの場面で、
その2人を見てヘンリー六世が嘆くシーン。
ヘンリー六世を演じられた浦井健治さんが、宙吊りになりながら
自分の無力さを独白する台詞が、そのまんま身動きできずヘンリー六世の無力さを
宙吊りによっていかんともしがたい状況が視覚的に良く表されていて
良く思いついたなぁ~と、そのアイデアについて鵜山さんに質問されました。

すると鵜山さん、この会場の上を見上げて
「この三倍位ある高いスノコから
ヘンリー六世演じる浦井君を降ろさなきゃいけなくて・・」と
ご自身も中劇場の天井のスノコ登られたそうで、
「下を見たら、これは落ちたらダメだな・・(苦笑)」と
ダメに決まっているんですけどって、ちょっと怖かったそうですが
あの場面を観たお客様から「ヘンリー六世は死んじゃったんですか?」と
聞かれたそうで、「天に昇っちゃったと思われたんでしょうね」
なるほど~。
一応、この場面は「このもぐら塚の上に座って」と戯曲に書かれてるそうで
元々高いところにヘンリー六世が居る設定にはなっているそうです。
「あの中劇場の舞台機構の中で、2階のお客様にも浦井君の顔が近いシーンも
作らないといけないかなぁ~バカな事も考えちゃったり(笑)」と、
好きな人を間近で見れる機会を作ってくれるなんて、ファンに優しい鵜山さんですね。
私は2階で拝見する機会はなかったのですが、2階でご覧になられたお客様は
浦井さんのお顔近くでご覧になれたのでしょうか?
とはいえ、「なんともつかない不安定な安定感を実現してみたかった」そうです。
「そもそも上から人が降りてくるっていう発想は凡人には思いつかない」と
河合さん。うんうん、そーですよねぇ
「この発想は稽古場で?」と聞かれた鵜山さん。
人命に係わることなので、早めに企画書を出してと云われて、
かなり早いうちから考えられたそうです。

とはいえ「一種のパクリだったかも・・」とおっしゃる鵜山さん。
1983年にパリのオデオン座でジョルジュ・ストレラーさんという有名な演出家が
ミラノのピッコロテアトルのイタリア人がイタリア語で上演した『テンペスタ』を
(シェイクスピアの『テンペスト』です)ご覧になったそうで
妖精エアリルが、一本吊りでフライングしていて自由に空中を浮遊していて、
プロスペローの手から手へ軽くジャンプしたり
ところが、最後魔法の力によって捕われていたエアリルが、プロスペローから解放されたシーンで
エアリルのワイヤーが外れたそうで
外れたら歩いて舞台から去っていかなきゃいけない。
捕われた時は自由なんだけど、去っていく時は自由なんだけど不自由な様を
体感しなくちゃいけない・・そんなシーンが浮かんだようです。
「ついでに・・」と云いながらその『テンペスタ』に登場する
怪獣キャリバンのシーンも面白かったそうで
舞台の真ん中に黒光る板がずっーとあって、真ん中に白い砂があったそうで
で、キャリバンがその白い砂に顔を埋めて、ふと上げると白い刺青のように
顔に描かれていたそうです。
刺激的な舞台・・面白いですねぇ~

「稽古に入る前に長い時間をヘンリー六世の浦井さんと過ごしたのは?」と
河合さんから質問された鵜山さん。
「(浦井さんが)長い台詞を、あまりしゃべった事が無いようだったので・・」と
鵜山さんご自身、台詞をどうしましょう?とか、どういう風に解釈しましょうか?
どういうベクトルが、この台詞一行の中にあるのだろうか?とか、
もうちょっと勉強してみたかったそうで・・浦井さんが、そんな鵜山さんに
「そういうのに付き合ってくれたっていうかどっちが先生だか判らないんですけど・・」と、
半月ほど毎日ではなかったそうですが続けられたそうです。
「すごい贅沢な授業ですね」BY河合さん
本来はやらなきゃいけない・・と、おっしゃった鵜山さん。
「でもそういうデスクワークは馴れていないんで・・」
とはいえ、若い方であまり舞台の経験の無い人と時々、同じようなことを
されるそうですが、今回のように、こんなに長くやった事はなかったそうです。

主に読み合わせをされるそうですが
「この台詞は、誰に言ってるんだろうね」とか、芝居の授業になっちゃうんですけれど・・と、続けて
「例えば「おはようございます」という台詞があったとしたら
“本当は出掛けたくなかったんだけど・・とりあえず、河合さんに会ったので
「おはようございます」と言って背中を向けたい”とか、
モチベーションが色々あって台詞をどういう音で言う中に、前後の人間関係が含まれてる・・
と、言うのが持論なんですけど」と、僕だけが言ってるわけじゃない(笑)
そういう一つ一つを腑分けしてみようと、でもそれらは相手次第だし、相手の
リアクションで変わってくる・・そういう事を含めて
稽古場で解決しなきゃいけない問題が多いけれども、その前提として、
いくつ位ひとつの台詞で関門があるのかと探ってこられたそうです。

久しぶりの第2弾です。覚えてますかぁ(苦笑)
忘れたわけじゃないんですが(まだまだUPしたいものがあって・・)
なかなか追いつかなくって・・・でも、楽しくUPしますので、
伝わって頂けると嬉しいです。
かなり私の解釈が入っているので、
「そんなこと言ってないぞ」なんて言わずに、優しいまなざしでお願いします★
by berurinrin | 2010-06-22 01:43 | イベント

文学座附属演劇研究所研修科演出部自主勉強会のお知らせ

棲家

作    太田省吾

演出   稲葉賀恵

七日目、その日』 

作・演出 鄭尚美

日時   7/2(金)17時『七日目』/20時『棲家』 
      7/3(土)14時『棲家』/19時『七日目』 
      7/4(日)14時『七日目』/18時『棲家』


於 文学座アトリエ  

全席無料・予約制    6/21より受付開始

TEL.03-3351-7265(11:00~17:00 日祝除く)

いやぁ元気ですね文学座!もう毎週アトリエ通ってますもん(*^_^*)
さて今回は、研修科生による勉強会のお知らせです。

まだまだ未熟な部分もみえてしまうかもしれません・・
が、がっがっ!
もしかしたら素敵な出会いと感動があるかもしれません!
これからの将来を担う彼らのカンバリを一緒に見守っていきませんか?!

ちなみにそれぞれブログで活動経過を報告されています

文学座研究所・演出部勉強会『七日目、その日』稽古日誌
今日の棲家
また、リンクしてる文学座研修科48期生の滝沢花野さんのブログなにとなく君にまたるるここちして
の方でも彼らの日々を感じる事ができますよ!!
by berurinrin | 2010-06-21 22:49 | 文学座公演情報