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『夢の痂』シアタートーク

『夢の痂』シアタートークに参加してきました。

司会は、アナウンサーの中井美穂さん。
最初に登場されたのは、もちろん芸術監督の鵜山仁さんです
きゃーきゃーめっちゃ素敵です!
初演時には、一観客として舞台をご覧になっておられた鵜山さん。
その時の感想を聞かれる度に「なぞが多かった」とお答えになっておられました。
『夢の裂け目』『夢の泪』『夢の痂』と三部続いた『東京裁判・三部作』を
ご覧になって、改めて感想を聞かれた鵜山さん。
当初、誰が誰を裁いているのか?とおっしゃっておられましたが
鵜山さんは、ご自身の解釈です・・と、繋ぎながら
「死にぞこなった男たちの生き恥の話」とまとめておられました。
必ずしも天皇の戦争責任の話じゃないのかなぁって
生き恥を女性がどういう風に埋め合わせてるか?ということで集まってきて
男たちの決断力の無さを女性達がどう始末をつけるのか?
初演当時では、戦争責任があるんだ。と、
ひとつの見方をしていてよくわからなかったとおっしゃいます。
でも、今回埋め合わせ・・と、思って納得してしまった。
誰が誰をって、お互いに裁かれあっている関係で
舞台の上でもお互いに裁かれ合っていた気がする。

三部作で、二つ重なって出演されてる方が居て、
(三作にご出演というのは実質不可能だったそうです)
台詞も膨大だったし、無理をお願いしちゃった感もあるんですけど
企画って云うのはリスクだから、こちらも成功するのがわかっちゃてるのは
やってて面白くない、みんなくたびれてるんですけど、
だからこそお客さん共々盛り上げ合って、やっと三部まで行き着けました。
と、会場からは大きな拍手(*^_^*)

『夢の痂』考えてみたら、男性が矢面に立って15才。女性達は色んな苦労を・・
その後の後始末を一身に背負わなきゃならない・・そういう時代だった。
前線に行って、死んでいった男たちの思いを、しみったれた思いを
女性がイニシアティブを持つような思いで世界が作られていくのかなぁと、
妄想しながら観ていたと鵜山さん。
「『夢』って言葉が、なんでタイトルについてくるんだろう」と中井さんから
どこかに8/15(終戦記念日)に青空って、
無限の自由とか無限の平和とか、トンネルの向こうに青空って、ピュアな夢というか
一つに提示された青空だった。
目の前に現れた青空だったけれども、色んな雲が出たり、裂け目が出たり
雨が降ったりして、かさぶたで被ったり、修復したり
それによっていびつになったり、そこんところに夢があったり
遠くの方に夢が控えていたり・・そういうような事が、井上さんの言葉にあった。と、鵜山さん。

と、出演者の方々がご登場されました。
角野卓造さん、辻萬長さん、三田和代さんが登場されました。
『夢の避け目』では、紙芝居屋さんを演じられた角野さん。
『黙阿弥オペラ』『円生と志ん生』そして今回の『東京裁判・三部作』と
計5本の井上作品にご出演されています。
井上さんの大ファンだとおっしゃる角野さん。たくさんの作品をご覧になっていたそうです。
「もっと多くの作品にご出演されていた感じがされる」と、中井さん。
「井上さんの世界に生きずいている」とおっしゃいました。
角野さんからは、
やっぱり当てて書いて下さってるのではなかろうか
今回と初演の時の違いは?と聞かれ
前回よりは、少し稽古する時間があった(笑)
初演は勢いがあって、わっと毎日、一枚、二枚と台本が届いて夢中で覚える・・
考える余裕がなくて・・・今思えば、幸せだったかもしれない。

三田さんから、
『夢の痂』で、まさか最後に角野さんにプロポーズするのにびっくり(笑)
衣装さんがタイトスカートを用意されていたそうですが、急遽フレアースカートに直されたそうです。
先が見えないので、来る台本を覚えて覚えて・・それで精一杯何も考えられなかったそうです。
『夢の裂け目』では、主役の女優さんが急病のため、代役をされた三田さん。
本番9日目で参加されたそうですが、まだ本が完成していなかったので(笑)入れた。

台本ができていない時の俳優の状態とか、稽古場の雰囲気を聞かれたのは、
場数を踏んでいる(笑)辻さん。
最初の作業は、台本をとにかく覚える。覚えて肉体化しなきゃ始まらない。
ただひたすら来た台本を覚えて、「さわるな~!」と、さわるとこぼれる(笑)
台詞を覚えて肉体化して出す。
台詞だけじゃ会話はできない。肉体化して初めて会話が成り立つ・・。

「後半の本が出来てくると、初めの頃が抜けていく・・」本が忘れていくのが怖かったと三田さん。
「そんな恐怖を初演で味わったので、皆んな仲がいいですよ」

「冒頭の場面で角野さんが飛び降りてびっくりした」と、中井さん。
角野さんからは、奈落に白いバツ印と貼ってあるマットレスが敷かれてあるそうです。
とても狭いので、真っ直ぐ落ちないとどっかにぶつかって怪我する危険があるので
毎日、本番前に3回位は、練習されておられたそうです。

「死にぞこなってしまった男たちの生き恥を女が繕うみたいな芝居」と鵜山さんの感想に対して
「初演時は、そんな大変な事は考えずに台詞を覚えた。」と三田さん。
「今回は、逆に台本があるので緊張で、公演しながら次の作品の稽古をしていた」と
『夢の泪』を上演しながら『夢の痂』の稽古をされていたそうです。
いやぁ~たまに頭がぼーとなったと三田さん・・・お疲れ様でした。

逆に「本番と稽古と2本やっていても、ごちゃごちゃにならない」と辻さん。
出演者も違うし、話も違うのでごちゃごちゃにはならないそうで
『夢の痂』の最中に『夢の泪』の台詞が出てくることはない。
本番第一と思っても、稽古大事で、両方とも一生懸命やっちゃうので声に出ちゃう
声がどうしても弱ってきちゃう。
「自分が思うような声が出ないと俳優は嫌なんです。」と、辻さん。

すると鵜山さん
「とにかく萬長さんは、りっぱな声だから・・」いやぁ~あまりフォローになってない気が(笑)
三作・・鵜山さんも演出したかった。と、言いつつ、
僕、自分じゃ出来ないから栗ちゃん(栗山民也さん)なら出来るだろうと
初演ありで発展的に再演できるだろうって、やって頂きたかったと苦労させてしまった。
「鵜山さんは長いのが好き(笑)」と角野さん。
とここで、角野さんがネタ晴らし(笑)
今回の企画で『ヘンリー六世・三部作』やりましたから、日替わりでやりませんか?とか
土曜日は3本連続上演のお話があったそうです。
「面白いけれども役者の体をどう考えているのかと(笑)」角野さん。
順番で一日やるのも大変。スタッフも大変。スタッフの方は、3部とも連続で付いておられるそうです。
「プランは皆さんと一緒に共犯関係なんですけど・・」と、鵜山さん(笑)

この『東京裁判・三部作』の部分は、ステップ・バイ・ステップというか
舞台稽古と本番がぜんぜん違う。井上さんがおっしゃっておられたそうですが
劇場やお客さんから教えられることが多いとおっしゃいます。
つまり、お客さん一人一人が色んな気分で観てるのが、そこはか感じられる。
一つの言葉を受け止めるにしても、一つの役の背景を感じるにしても、それぞれ計算つかない
そんな乱反射して、一つの場所の中で起こっている。そんな結果、計算なんてできない。
共犯でしかない。と、鵜山さん

この『夢の痂』に出てくるのは山形弁?とくには方言の指定していないそうです。
井上さんは、独自に東北4県の方言の辞書を作っておられたそうで
それを引用したそうで、台本どおりに言うそうです。
ちゃんと標準語の意味も書いてあると、三田さん。
ものすごく細かいそうで
「...なのです」「...なんです」
文法の話のときは「..なのです」になる。と、三田さんから
井上さんのこだわりがあるとおっしゃいます。

辻さんは「20年近く、井上作品を演らない年は無かった」とおっしゃいました。
「幸せだ」とおっしゃいます。

井上さんとそのほかの劇作家との違いについて聞かれた角野さん。
まずテーマやストーリーが違う以前に「言葉が全く違う」とおっしゃいました。
その上で「僕達は、もっと前は、長く本読みをやった気がする。」
10日間位は、座って“テーブル稽古”=本読みをして
体を動かす前に、言葉を徹底的に話し合われたそうです。
本の内容だとか、その時の感情だとか、相手の台詞だとか・・
最近では本読みを一回やって次は立ち稽古に入る・・得意じゃないと
「僕は上手く出来ない。
本読み10日間やって体に沁み込んだ言葉は忘れない。
沁みこんでお腹に入った言葉によって肉体を動かしていく。。。劇団でこういう芝居を作ってきた」
なかなかチクリとさしつつ深い言葉です。

角野さんの言葉を笑顔で聞いてる鵜山さん・・
「・・でも、タイツ履いたり、髪を染める芝居も好きじゃない」と角野さん(笑)
だんだん角野さんのリップサービスもノッてきまして
日本の芝居をしたい・・と言いつつ
かつての名作よりも今の時代の息吹を感じる作品をやりたいとおっしゃいます。
井上さんの作品のすごいところは
井上さんの芝居は元の元を書いている。とおっしゃいます。

三田さんから
井上ワールドに飛び込むのにエネルギーを使うそうで
それも普段の芝居の3.4倍ものエネルギーを使っている気がするそうです。
リアリティを持っていないと言葉が回転するだけで、伝わらない。
極限までエネルギーが入ってないとダメで、でも顔はすっとしてなきゃだめ。

お客さんに支えられてるなぁと思ったのは『夢の泪』のトラブルが起こって
舞台の照明が消えて、休憩をとって20分経っても直らなかったそうです。
するとお客さんから、このまま続けてと言われ
生明かりの中で(この位の明るさ)最後まで演じてしまったそうです。
「舞台は思いがけないことが起こります。」と、三田さん。
「相棒ソング3回歌っちゃった。」と辻さん(笑)

で、トラブルのお話で辻さんから振られた、角野さんが

過去の思い出話をしてくださいました。
東横劇場で上演された文学座公演『結婚披露宴』の時に、
(演出は、木村光一さん。ちなみに鵜山さんは演出助手だったそうです)イギリスの芝居なのに
桜の木の張物が上から落ちてきて、置いてあった木の折りたたみ椅子が真っ二つになった。
ほかに、回り舞台が途中で止まって、人力で回したり、袖幕に火がついたり
今回のトラブルの時に、丁度稽古に来られていた角野さん。
心配で廊下でうろうろしていたそうです。

質疑応答コーナーで
「苦しいとかつらいとか言いながらも井上作品に出演することによって得られるものは?」

「俳優をやっているのは、私生活では、言葉が下手なので
井上さんの台詞は、生きているうちに言えないすばらしい言葉ばかり
どんなに台本が遅れようと、この言葉を言いたいと思ってやっている。」と辻さん

「作る時は、すごく大変なんですが、結果、お客さんに喜ばれる充実感。
井上さんの本は読んでも楽しいし、またやりたくなちゃう」と三田さん。

「すごく幸せでした。5本。ものすごく大変だったけれど
楽に出来るよりもみんなで助け合って・・大変だからこそ幸せだった。
それは切迫しているけれど、やればやるほど世界に向き合う姿勢がわかる。
この仕事の中で一番大きい仕事だった。
もっとやりたかったけど・・やればやるほど新しい世界が見えてくる。」と角野さん。

「芸術監督の仕事は面白いですか?引き受けて後悔された事はありませんか?」
率直な質問(笑)に対して鵜山さん

「いたって身勝手な人間なので、公共心なんて口にしたくもない(笑)
なので文学座の中心にいた時は、自分の事しか考えてなかった人間ですが・・新国立に来て
そんな私でも、いささか“公”というか髭←(公の字の八の事をヒゲとおっしゃってます)が、
生えてきちゃった感覚と
その感覚と『東京裁判・三部作』を観ている感覚が全く同じで
どこまでが“私”でどこまでが“公”なのか行き来をどうしたらいいのか?
戦争責任だけじゃなくて切実な問題で
自分が“私”と“公”とダイナミックに行き来出来たのは面白かった。
大体後悔したくないので、芸術監督になって後悔したことはない。
後悔させたことで後悔した事はありますけど(笑)しったこちゃない(爆)
できるだけ沢山の演劇人がこういう立場になって、“私”と“公”を行き来できる
機会があればといいなぁと
また、謙虚深い東京裁判みたいに繋がるんじゃないかな」

今後の展望を聞かれた鵜山さん。

「今後は、内側の事は多少わかったので、外から散々言ってやろうと思ってます。
みんなの劇場、国立の劇場が自分たちのものにするという、一人一人のものにする。
そんな、うねりを少しでも広げられたらいいなと思います」
会場からは大きな拍手が起こりました。

最後に
角野さん
「芝居を観て頂いて、同じ時間を共有できることが幸せです。芝居を観続けてこれからも頂きたい」
三田さんは
「感謝しかありません。お芝居は楽しみものだけど、特に若い人たち抜け落ちてる歴史を考えてほしい」
辻さんから
「芝居って、難しい言葉があって、でも、それでも又観たくなる・・・難しい言葉があるのが良い芝居。
で、よかったらぜひお勧めして欲しい。良い芝居は難しい、でも観たくなるもの」

鵜山さん
「ちょっと毛色の違った劇場が一つあるのは大事で、それを支えるのは私たちすべて
一見、みんなが敵だと思ったり、味方だと思うときがある。紆余曲折含めてサポートして欲しい。」

以上で、シアタートークのレポは終了です。
ニュアンスの違いとか、勝手な解釈でUPしていますので、そこんとこよろしくお願いいたします
by berurinrin | 2010-07-17 15:56 | イベント

新国立劇場『鹿鳴館』オペラトーク<その5>

『鹿鳴館』には、追い討ち的な「父親殺し」というテーマが入っていると思いますが・・と
司会進行の新井鷗子さん。

演出の鵜山仁さんからは
「そういうワルツですよね。」
乗り越えて行かないと前に進めないし
乗り越えていく台詞は、ちょっとづつ良い方向に向かっているかもしれないし
それが地獄のスパイラルに入っていくかもしれなし、これが何ともいえない・・
途方も無いエネルギーになるといいなぁ~と、

『鹿鳴館』の今回のキャスト、オーケストラ、指揮者についてと、石井さん。

作曲の池辺晋一郎さんからは
「すばらしいキャスト」とおっしゃいました。あの人が歌ってくれたらいいなぁと思われる方々が
キャスティングされてるそうですよ。
そして、指揮者の沼波竜典さんは最高の人選と絶賛されています。
元々は、沼尻さんは作曲から入られたそうで、池辺さんとは弟・弟子の間柄だそうです。
気持が通じ合う関係だそうです。素敵ですねぇ~
そんな沼尻さんは、歌いながら指揮(笑)ほとんど歌っているそうです。
でも、本来は、故・若杉弘さんが指揮をされるはずであって、池辺さんもそのつもりで
仕事を引き受けられたと、おっしゃっていました。
なので、一番戸惑ったり、困惑したのは、昨年の秋に若杉さんが亡くなられた事だと・・・
で、この作品をこのまま書き上げるべきものなのか?と、まで落ち込まれ、考えられたそうですが
逆に、書き上げる事が、若杉さんへの恩返しだと結論に至ったそうです。

世界初演のオペラを演出する心構えや気持ちは?と聞かれた鵜山さん。
 
「池辺さんが気が重い方だったら、気が重いんですけど(笑)側にいてくれてすごく安心できる
以前のような評価が無いのは、すっごい気楽(笑)」と、お気楽発言をされちゃう鵜山さん(笑)
観て頂いて評価して頂いて、長く長く残るオペラになるといいな・・と、
スタンダードな作品で、「カルメンやマダムバタフライを何十回歌いました」という方々だと
心強く安心は安心だけど、今回はスタートラインは皆んな一緒。
おぼつかないイタリア語やフランス語で、楽譜も歌詞も読めないんじゃ重苦で付き合わなきゃ
いけないんですが日本語だし、気楽だとおっしゃいます。

若杉さんは、元々は文学座にいらしたそうで、以前のゲネプロで、若杉さんが
「こんな風にやってみたら」と、ちょっとしなを作って演技指導されるされた当時の
面白思い出エピソードを鵜山さんが語って下さいました。

オペラ歌手に動きの演技をつける時は?と聞かれた鵜山さん。

「演技をつけるという言い方が、伴奏法みたいで、馴染まない」とおっしゃる鵜山さん。
譜面の事とか、オペラには、芝居と違って色々考えこまなきゃいけないようで
お芝居では、相手の音や声、温度を聞くことがとても大事だと鵜山さんは、おっしゃるんですが
そのコミュニケーションの複雑さ、感覚の違いを可笑しくお話してくださいました。
葛藤が無いと面白くない。今回はダブルキャストですが、
こんなに演出家はいい加減なのか?!と思われる位に違うとおっしゃいます。それは
キャストが変わればもちろん、例えば歌い手さんの調子が悪かったら、演出も変わってくると
おっしゃいます。

さて、最後に

と、池辺さんが「もう言い尽くした」とおっしゃいながら
実は、今は新作のオペラ泉鏡花作品を作曲中なので、そのことで頭が一杯なんだそうです。
今、書きかけのオペラに関心があって、あとは演奏家、演出家がやってくれる
音楽作品というのは、最後の線を引いたら、翌日は演奏家のものになって
演奏されたら聴衆のものになって、翌日は批評家のものになる・・・それは嫌なんですけど(笑)
「お客さまのものまででいいです(笑)」

この日はオケ合わせで、中劇場は仕込み、立ち上がりつつあるそうで
これから音になって絵になってくるのも、これからで鵜山さんご自身が楽しみだと
おっしゃっていました。

以上でレポは終了です♪
駄洒落だらけで、面白い池辺さんのトーク最高でした。
鵜山さんもとってもリラックスされて楽しそうにお話されていました。
鵜山さんてば、リラックスしてる時って姿勢で解るんですよ。そんな会話なので
ついつい長いレポになってしまいました。お付き合いありがとうございます。
そんな『鹿鳴館』、初日に拝見してきましたぁ~また、感想は改めて~!

さてリンクを一つ追加させて頂きました。
主にオペラ音響をされてるcellokiさんのブログ音響屋cellokiのページです。
『鹿鳴館』では音響コーディネーターさん☆
一音作る職人技を、わたしのような素人にわかりやすく教えてくださいました。
鵜山さん演出の初演『カルメン』でも音響をされたcellokiさん
細やかで優しいお人柄がうかがえる・・そんな楽しいブログです♪
ぜひご覧になって下さいね
by berurinrin | 2010-07-01 23:57 | イベント

新国立劇場『鹿鳴館』オペラトーク<その4>

ある特定の人物の歌う旋律を決める手段がオペラにはあるそうですが
ライトモチーフ・・というらしいのですが、今回のように演劇的な要素の強い作品には
不向きだそうで、ちょっとオペラの専門的な池辺晋一郎さんのお話がちょっと素人には
メモが取りずらく不鮮明ですみません
かなり重要なお話だったんですが、色んなオペラの手段を排除してより
演劇的な自由な時間を作りたかったそうです。

「今回はオペラですが、演劇だったらこういう演出をしたかったとか
逆にオペラだから、こういう演出をしたとか・・・その違いはありますか?」と司会進行の新井鷗子さん
と、鵜山仁さんに質問です。

あんまりないんですけど・・・と、おっしゃりながらも
オーケストラピットには、100人もの人たちがいて、その人たちとどうコミュニケーションを
取ったらいいのか??本来ならオーケストラのフルスコアが読めたらいいんですけど・・と
それもあって指揮者とのコミュニケーションが大切だとおっしゃっていました。
今回の指揮者は、池尻竜典さん。
池尻さんは、違うんですけど・・と、鵜山さん、指揮者という存在は、背中で立っていながらも
厳しい人も居られる様で、プリマドンナと指揮者の関係についての
なかなか興味深いそんなエピソードを語って下さいました。
すると、池辺さんが
「オペラの世界では、プリマドンナと指揮者、どっちが偉いかはの論争は
トスカリーニの時代の頃から、いまだ解決してない」と(笑)
「トスカリーニは俺が偉いといっている」(笑)
すると、鵜山さん
「今回は、作曲家(池辺さん)が(偉いと)」鵜山さんのナイスJOBです
「そんな事ない(笑)」一本取られた池辺さん。これには、会場は大爆笑!
鵜山さんのダメ押しは
「作曲家が何しろ存命ですから(笑)ありがとうございます」
小劇場では、図らずも亡くなってしまった井上ひさしさんの作品を上演中。
笑いながらも、ちょっぴりしんみりされた気がします。

「今回は、(池辺さんに)何でも聞けますね」と石井さん
「聞いてなるもんか(笑)」と鵜山さん。
「どうせ聞いても、その通りやらないでしょ」と池辺さん。
爆笑しながらも、お二人の信頼関係の絆の深さを感じます。

衣装や舞台についてのお話について、石井さんが鵜山さんに聞かれました。

それなりにフォルム(形)は、そこそこにその時代を反映されているそうですが
舞台は、必ずしもリアルな設定ではないそうです。
ワルツは、日本語だと、円舞曲というらしいので、回転するイメージがあったそうで
ちょっと、駄洒落が入って回り舞台にされたそうです。
鵜山さんは、意外と意外に駄洒落から音楽や舞台のイメージとか出てきちゃうんですよね。
でもそれがかなり素敵な世界を作られちゃうんですよ。
その駄洒落の発展性で、舞台が回ることによって、西が東になって、愛情が憎しみになったりと・・
「面白いね」と池辺さん。

宿命と憎しみのヴォーカリーズの役割とは、と石井さん。

本来、故・若杉弘さんのアイデアで、音楽を付けて下さったのは池辺さん
どう出すか?というのは・・と、鵜山さん。
天長節の一日。11/3・・菊の花が咲き誇っている。
鵜山さん流に言えば、「憎しみをいかにプラスのエネルギーにするか
マイナスのエネルギーをプラスに転化する」という力と
大衆の役割というか、大衆の力によってある特定の人物を動かす程の
無責任なエネルギーを、台詞でない音で表現できたらなぁ・・と鵜山さん。

『鹿鳴館』のテーマとは・・と、石井さん。

すると、池辺さんは、テーマは、チェーホフを思い起こさせるとおっしゃいます。
大雑把なドラマの進行の作り方。
ラストのシーンは、チェーホフ『かもめ』と似ているし
やはりチェーホフ『櫻の園』と共通するのは、近代的の苦悩であり『鹿鳴館』に見え隠れする
苦悩を茶化している面というのも、チェーホフ的のかくし方を感じてしまった。
日本が正しかったか?間違っていたか?わからないけれど、せせら笑ってやっているそんな
テーマが『鹿鳴館』にはあって、その時代のもっとも先に私たちがいると、
そう感じると、おっしゃいます。

やはり鵜山さんも、チェーホフの『三人姉妹』にそっくりのシーンがある
最後に死が控えているので、それを前提にして
愛と憎しみの相克、憎しみの方が強いんじゃないかと
マイナスの符号のついた生命力というか・・
音楽を聴いても『フィガロの結婚』に似ている構造があるとおっしゃいます。
三島さんは意識して書かれたかどうかはわかりませんが・・と
 
次回に続きます
by berurinrin | 2010-06-30 23:29 | イベント

新国立劇場『鹿鳴館』オペラトーク<その3>

製作過程の中で、池辺晋一郎さんと鵜山仁さんとのやりとりはあったんですか?
と司会進行の新井鷗子さんのご質問で

鵜山さんから、原作に出てこないヴォーカリーズについて多少やりとりがあったそうです。
ヴォーカリーズというのは、黒子というか、合唱だったり、ダンサーだったり
コロスのような存在のようです。
このアイデアも若杉弘さんによるものだったそうです。

池辺さんが作曲活動をされている最中に、鵜山さんが舞台の装置の構想をお話したら
「いいよ、いいよ」っておっしゃって下さったそうで
「”俺の音楽には、何でもありだから”って(笑)」と鵜山さん
「そんなこと言わないよ(笑)」と池辺さん
今回のオペラには、祝砲とか、釘を打つ音とか、効果音が必要で
効果音として、オーケストラを使うのはナンセンスだと思っていると、池辺さん。
過去に、池辺さんのオペラ『耳なし芳一』の時に、冒頭の場面で録音されたナレーションを
使われたそうで、初演の批評では「オペラに録音された音のは如何なものか?!」
と、云われたそうで、それこそ思いのツボだったと、池辺さん。
録音された音や効果音を否定されたら照明だって問題だとおっしゃいます。
それであれば、太陽の光の下でやるべき、オペラの公演は常にマチネ(昼公演)でやるべき。
でもそんなのは「マチネー(まちがい)だと思うべきです」(爆笑)
現代のオペラは、現代のものを演出家が使うべきだと判断したら、使うべきだと、おっしゃいます。
それが、鵜山さんにお話した“何でもありだから”という意味だったそうです。

で、鵜山さんが、池辺さんとのやりとりの中で一番印象的だったのが
お会いするたびに、「(作曲の方は)いかがですか?」と伺うと
「『鹿鳴館』のうち“いち鳴館”位は出来たよ」とか、
「“よん鳴館”まで出来ていたのに、いつの間にか“に鳴館”まで戻っちゃったとか(笑)」
時間が合えば、新国立劇場に来て楽しまれていた池辺さんでしたが
去年の秋頃から、劇場に来ると、色んな方から作曲の進み具合を聞かれるそうで
来れなくなった・・と、池辺さん。「苦しかった」と、おっしゃっていました。
ヴォーカルスコアを書き始められたのは、去年の今頃だそうで7月の頭に完成。
次にオーケストラのスコアは、3月に完成されたそうです。それも金沢で『耳なし芳一』のオペラの
指揮をする2時間前に書き上げられたそうです。
すごいですねぁ~

せっかくなので、『鹿鳴館』の旋律を池辺さんが弾いて下さいました。
自分で弾いた事が無いとおっしゃいながら、明治の雰囲気をかもしだす旋律で
NHKドラマ『夜会の果て』に使っていたテーマ曲を
軍楽隊にアレンジして使用されたそうで、引き比べをして下さいました。
本来、使った曲を転用される事は、あまりされないそうですが
このお話があった時に『夜会の果て』の曲を使おうという構想があったそうです。
軽やかで、重くて、不思議な旋律なんですが、すごく耳に残ります。
軍楽隊からアレンジでワルツになって、ワルツが2種類、カドリーヌ(ポルカに近い)
そういう曲が入るそうです。

若杉さんと、池辺さんとのお話の中で、「舞踊会はちゃんと舞踊会としてみたいね」と
「ド・ライブでやってます」と鵜山さん、なんか仕掛けもあるらしいですよ。
「猿のダンスを踊っている」と、原作にもあるそうなので
「云ってみれば、似合わない格好でやっている。西洋の文化も消化もしてないのに格闘している」
そういう面を入れて、演劇的に挑戦されてるそうです。
う~ん、何を企んでるんでしょうねぇ、鵜山さんは(笑)

もうちょっと続きます
by berurinrin | 2010-06-29 23:01 | イベント

新国立劇場『鹿鳴館』オペラトーク<その2>

司会進行の新井鷗子さんから
これまで沢山のオペラを演出されている鵜山仁さんに
「音楽的な時間の流れているオペラ」と「演劇的な時間の流れているオペラ」では
演出の違いはどうなんでしょうか?と質問がありました。
すると、鵜山さん
先ほど、池辺晋一郎さんが鵜山さんを「譜面の読める演出家!」と讃えておられましたが
「あれは、大嘘なんで(笑)」と否定されながら
「だから、音楽的な時間が流れるオペラ・・って、いうのが・・・よくわからないです。」
演劇的といってしまうと、口幅ったいとおっしゃりながら
「例えば、登場人物が二人、ぶつかり合いだったとしたら、どんな力関係が入ってきて、
どう関係が変わっていく・・そういう風にしてしか読めない」

と、例えば『鹿鳴館』の影山伯爵と妻・朝子さんの関係で話をして下さいました。
対峙してるこの二人に“間”があって、その“間”は、ただならぬ“間”であり
この“間”は作者の三島由紀夫さんが仕掛けてる“間”であり
池辺さんが仕掛けている“間”でもあるとおっしゃいます。
ある秘密を発見して、動揺して、なおかつ罵倒する。
この三つの違う感情が間奏の中に込められていて、そういうことを発展して
稽古場で共有していく事は、面白いし、遣り甲斐があるそうです。
「こんなに間奏があるんだけど、どうするの?」って
役者もオペラ歌手もそんなに相手の関係や間合いを考えてるわけじゃなくて(笑)
意外と自分の台詞をどう言おうか?!とか自分の歌が・・とか
「みんなじゃないですよ!!(笑)」と否定しながらおっしゃいますが、すごく面白い内容です。
とはいえ、それが演出の付け目だと(爆笑)
「お互いの関係、火花散るような関係・・ドラマになっていくことが基本中の基本」と鵜山さん。
そこのところを稽古場で共有できるっていうのは“間”が無いとできない
かなり長い“間=間奏”が、あるそうで、“間”が無ければ、お互いしたり顔で歌っちゃう・・
ですが、さすがにどうにかしないといかんと、彼らもお互い考えられるそうで
池辺さんに感謝してます(笑)と、鵜山さん。
なんか、楽しそうに語ってます♪

以前、池辺さんがあるオペラをご覧になられた時、登場人物が二人で、一人の方が
歌っているときに、もう一人の方が一回転をされたそうで??全く意味不明だったと・・
それは、全く演劇的な要素が現れていなかった
『フィガロの結婚』など有名な古典オペラにしても演劇的側面がよく描かれていると
池辺さんはおっしゃいます。
すると、鵜山さん「僕も稽古場で、こないだ歌い手さんに一回転してみて下さい」って言ちゃった(笑)
「でもそれは魂のピレエッタなんです。」と、続けて
「一回転してる間に世界が変わるわけですし、変わらなきゃいかん。
魂のピレエッタでもトリプルアクセルでも良いんですけど・・(笑)」
以前『イリュージョンコミック舞台は夢』で、舞台上で高田聖子さんが
一回転半されてました(笑)
稽古場で鵜山さんから「魂のトリプルアクセルを見せて欲しい」と言われたと、シアタートークで
おっしゃってましたね(笑)
あのシーンは、女心のもやもや感を払拭したシーンでした。

普通のお芝居の『鹿鳴館』の舞台では出来ないようなアクションが、ぼこっぼこっと出てくると
いいなぁ~と、おっしゃる鵜山さんに対し、「それは必然だと」池辺さん。

すると、新井さん
「オペラの作曲というのは、間合いとか、演出しながら作曲されるんですか?」
「隣に演出家がいるので、言いにくいなぁ(笑)」と、池辺さん。
オペラを作曲する事は、半分位演出してるようなものだそうです。
これまでのすべてのオペラもそうだとおっしゃいます。
で、ここで池辺さんからビゼー『カルメン』の演出の例話をして下さいました。

ビゼーの『カルメン』は、最後ドン・ホセにカルメンが刺されて死んで幕がおります。
ある演出家が新演出をしたいと思って、最後にホセが刺してもカルメンは死なずに
カルメンにホセを睨み付ける、たじろぐホセ・・そして二人の関係から・・・と、
けれどもカルメンが刺されたら音楽も終わってしまいます。
いくら演出したくても音楽が無い。
ということは、作曲したビゼーが、カルメンが刺されたら幕を降ろす演出をしていた。
それ以上、演出をする余地がない。
ほぉ~オペラのスコアは、そういう風にできちゃってる・・池辺さんのお話は、わかりやすいです。
そう思って、作曲をされていると、池辺さん。
で、残りの部分を演出されるのが、鵜山さん?!
「誠に失礼ながら、かつ不遜ながらそう思ってます(笑)」

「楽譜からおのずと演出のプランが出来上がっていくのですか?」と、石井さんに対して
鵜山さん「楽譜読めないんで、謎だらけ」とおっしゃる鵜山さん。
なんで「あ~あ~あ~」って歌うんだろう?ってよっぽど天気がよかったのかなって(笑)
この間を空間として取られたり、様々な池辺さんの表情を思い浮かべたりしながら
音として温度としてどうなのかなぁ?と、読み取ると同時に
プロンプターの方が、早々に全曲をご自身で歌われたテープを作って下さったそうで
それを聞きながら、解読というか、むしろ誤読して万華鏡の世界のようにいくのが
オペラの猥雑なところであり楽しいところとおっしゃっていました。
また、池辺さんの音楽で完結してしまうとオペラなんて大きな舞台は必要ないと。

池辺さんと鵜山さんの信頼関係があるからこその会話のやりとりが、ホントに素敵でした。

まだまだ続きます(^^)/
by berurinrin | 2010-06-28 23:33 | イベント

新国立劇場『鹿鳴館』オペラトーク<その1>

新国立劇場創作委託作品世界初演
『鹿鳴館』オペラトーク in オペラパレス ホワイエ(6/12)

池辺晋一郎(作曲)
鵜山仁(上演台本・演出)
新井鷗子(司会:音楽構成作家)

6/24初日の世界初上演作品のオペラ『鹿鳴館』を前にオペラトークが開催されました。
新国立劇場で演劇が上演される時は、公演中にシアタートークというイベントが開催されて
演出家やご出演者が登場されて、作品についてのお話を伺えるんですが
オペラトークは、新しいプロダクションの時に開催されるようで
2007年の『カルメン』の時にオペラトークに参加しました。
当時は、オペラ部門芸術監督・若杉弘さんが司会進行されていて、穏やかで温かい
そのお人柄が伺えるようなほのぼのとしたトークでした。
若杉さんが亡くなられ、若杉さんの念願だった『鹿鳴館』の上演を前に行なわれたトークも
まるで若杉さんが参加されているような、温かいほのぼのとした楽しいものでした。

『鹿鳴館』は、1956年に三島由紀夫さんが文学座の為に書き下ろされた作品です。
まず、今回のオペラの実現化についてのお話から、池辺晋一郎さんが語って下さいました。
10年以上も前に、今は亡き・若杉弘さんから
「『鹿鳴館』をいつかオペラにしようよ。やるなら君だ!」と言われたそうで
ただ作品的には異色の中の異色で、三島文学は必ずしもオペラに適したものでは、
ないらしいのですが、それでも「いつか、書くのか」という思いがあったそうです。
と、いうのも池辺さんが大学生の時に三島文学『午後の曳航』をオペラで
書いてみたかったそうですが、脚本化することができなかった・・と、
後に若杉さんから、「(三島文学を)オペラ化にするなら、小説よりも戯曲がいい」と言われ
もっともだと思われたそうです。
三島さんは「みのこ」という作品を、オペラの為に一本だけ書いておられるそうですが、
まだ誰も上演に至っていないそうで、それもいつかは・・と、池辺さんがおっしゃっておられました。

丁度、地下の稽古場では、7月公演『エネミィ』のお稽古中だそうで、そちらに出演される
いわゆる演劇の俳優達が『鹿鳴館』をオペラにする企画について、
「いい企画だねぇ」と、言って下さってると鵜山さん。
鵜山さんは、上演台本を書かれたんですよ!すごいですねぇ~っ!!
で、いきさつを聞かれた鵜山さん。
1956年に文学座で初演された時に、
第三幕で久雄さんと顕子さんという若い恋人同士が散歩するシーンの
「・・あの寒い夕風の吹きかよってくる玉砂利の道を私たちが歩けば・・」という台詞を
かの杉村春子さんが、「あんな説明的な台詞はいえないわ」みたいな事を言われたそうで
結構、伝説的になっておられるようですが(笑)
「文学的詩的な台詞なんですけど、歌ってみせようっていうんだから、なんとも面白い」と
上演台本作成と言いながらも、本来は1/5に縮めただけと、おっしゃる鵜山さんに対し
「ちょっと補足します!」と池辺さん「補足(細く)っていうか、太くします!」(爆笑)
で、池辺さんから、
三島作品は、一言一句言葉を変えることが許されない・・だからと言って、そのまま上演したら
オペラとしては不可能な長時間になってしまう。。。。
1/5に縮めたからといって、カットした部分を勝手に言葉を書き加えて繋げる事は許されない。
カットはするけれど、残った言葉は、そのまま三島さんの言葉でなくてはならない。
「てにおは」まで勝手に変える事が許されない位に、厳しい決め事があったそうです。
本来、これらの事は、若杉さんと池辺さんのお二人の共同作業の予定だったそうですが
ものすごく大変な作業であり、お二人ともお忙しくて、なかなか一緒に作業が出来ないという事で
鵜山さんにお願いされたそうです。
「ものすごい大変な作業だったという事を、太く(補足)しました」と池辺さん(爆笑)
えっ、すごいお話をして下さっているはずなのに、池辺さん・・駄洒落、連発なんですけど(笑)
それに対して鵜山さんは、つーと
はじめに音楽があったわけじゃないので、池辺さんの顔は常に感じておられたそうですが
「好きな台詞をアンソロジーしていただけ」と、かるーくおっしゃっていました。

ただ、一つの言葉だけ変えちゃったそうです。
それは「憎悪」という言葉、どうしても「ぞうお」という言葉が譜面に乗りにくくて
「にくしみ」とされたそうです。
「ここに三島の関係者は?ちょっとどきどきですが、すばらしいカットの仕方だった」と池辺さん。
そして必殺仕業人みたいな役どころの飛田天骨さん。
文学座の早坂直家さんが演じられておられますが、飛田さんの台詞を全てカットして
「だんまり役にしよう」と、これは若杉さんのアイデアだったそうです。

「譜面の読める演出家!」
鵜山さんを大絶賛の池辺さんです。いやぁ~池辺さん、いい人です(笑)
池辺さんと鵜山さんの関係は、かなり以前からの繋がりがあったようで
さかのぼれば鵜山さんが演出家の木村光一さんの演出助手時代から30年以上・・
「池辺さんの駄洒落を聞かされっぱなしだった」と鵜山さん。
鵜山さんの駄洒落は、池辺さんからきてるんだぁ~と、妙に納得してしまいました。
そんな信頼関係の厚い二人によって作られた
『鹿鳴館』は戯曲自体、会話劇に近い芝居。それに歌を乗せる事への挑戦について
池辺さんは「オペラは演劇的なものであるという」考えをお持ちだそうで
なかには「オペラは音楽である」という人もいるそうですが、
演劇的に確立したものの上に音楽が乗ってくると、考えておられるそうです。
例えばと、池辺さん
二人の会話のシーンで、簡単な問いかけであれば、即答できるけれど
難しい問いかけの場合は、言葉の前に、言葉が詰まったり、考えたりする時間が必要な訳で
それを譜面にする時も、何小節とか、そういう演劇的な要素が必要になってくるそうです。
う~ん、これらはまさに演劇的な関係性ですね。
鵜山さんもよくおっしゃってる言葉です。
オペラは演劇の一つのジャンル・・と、池辺さん。まさに打ってつけの作品だそうです。
そんな『鹿鳴館』は、池辺さんにとって9本目の新作にあたるそうです。

『鹿鳴館』の感想の前にUPしなくちゃ。。と思ったんですが、思いのほか
面白い話がわんさかあって、でも池辺さんのお話を伺うのが初めてで
なかなか言葉が早くて追いつかない(><)かなりニュアンスが異なっているかも・・
ごめんなさいm(_ _)m
by berurinrin | 2010-06-27 22:18 | イベント

『夢の泪』シアタートーク<その2>

「木場さん、音楽大好きなんですよねっ」と、石井一孝さんから
木場勝己さんに、音楽についてのお話(笑)
「ああ歌え!こう歌え!って言われるのが、大っ嫌い!」(笑)
好きに歌うのは気持ちが良いんだそうですが、、演出的注文や歌唱指導の先生とか
「言われる度に、むっ(怒)とはする(笑)合わせないといけないんで、頑張ってる」と
おっしゃる木場さん。
やっぱりハーモニーが「合う時は気持が良い」と
「本当は何も言われないで出来れば良いんだけど、そうもいかないので・・」
と、やっぱり歌の指導をされるのはお好きじゃないんですね。

石井さんからには
「相当量の音楽があるにもかかわらずミュージカルにしたくない。いわゆる良い声はいらない。」
と、なかなか厳しい・・ダメ出しがあったそうで
台詞を言っている音域と歌声の音域を違えたくない
より台詞に近く、歌わない、良い声もビブラート、伸びやかな声もいらない。。。
ちなみにビブラートを掛けると声が安定するそうです。
と、重ね重ねf(^_^;)なかなか厳しい要求だったようですが
実際、自分がやってみて、また今回は観客として舞台を観てみると
とても新鮮で、台詞と同じに伝わってくるものがあった、とおっしゃいます。
とはいえ、「今まで磨きに磨き上げてきたものを封印された感じになっちゃいましたね」と
司会の中井美穂さんから言われて
野球用語に例えて「カーブ禁止、フォーク禁止、ストレート130km台の押えで」と
「でも切れ味はあるように」(爆)

キャスティングについて中井さんから質問された鵜山仁さん♪
「なんかね、いやだって言ったら成立しないかもしれない・・拒否権を発動した覚えが無いかも・・
芸術監督には、人事権も予算執行権も無いけれど、「いやだっ!」って言ったら、もめるかも
かもしれません・・」と、鵜山さんがお話して下さっているのに
なんか落ち着かないなぁ~と
と、上手袖のほから角野卓造さんが、ひょっこりお顔を出されました(笑)
「すいません、下で第3部の稽古が始まるんですけれど、シアタートークがあるって聞いて
何しに来たんだか・・お暇がございましたらと、いうか切符がありましたら・・」
と、角野さん・・・一瞬でしたが、紙芝居屋さんの親方のいでたち(笑)でのご登場でした。

っと、また話が戻ってキャスティングについての続きです。
個人的には一緒でなきゃいけないわけでもなんでもない・・と、おっしゃりながらも
頻繁にご一緒してる方々なので、「だめだ」って断る理由がないし
それでもニアミスやちょっと交差したりしていて、違うものが観れるんじゃないかという楽しみもあるし
歌唱力と演技力とか、持てる力とか、どこで仕分けしたらいいのか?しない方がいいのか?
いっさいわかりませんが、と言いつつ
「まぁ賭けですもんね(笑)企画そのものも賭けだし、配役だって、
人生だって賭けそのもので、そんなことをいったら
みも蓋も無いけれど、そんなもんじゃあ~りませんか(←木場さん風に(笑))
それを楽しみに見に来て頂いてるのでは?なーんて逃げ口上を言ってます」
なんてちょっとおちゃら気ながらも
改めて能力を発揮して頂いて、ありがたいと鵜山さんは、おっしゃっていました。

第二幕8場、木場さんの「おんぶしていた赤ちゃんを錐でさされた話」
非常にむごくて胸の痛むシーンですが、台詞のところにカッコでト書きが入っていて
それは、「生まれて初めて出しましたというくらいふしぎな、怒りの声で」と書かれているますが
どうやって、ト書きに答えるんですか?と、中井さんから木場さんへ
すると、木場さんから
井上さんは、本を書く時に、基本的には字として残すことを前提に書かれる方なので
ト書きがあるんですけど、それは「読む方への手助け」とおっしゃいます。
ただ、理不尽に無視することもできないけれど、毎日ちょっとは違うそうで
「出した事のない怒り・・なんてねぇ」と木場さん。
怒り方の色合い、ボリュームが稽古場でも舞台でも違ってくるそうです。
「同じ事は出来ない」とおっしゃります。
例えば俳優の温度が高かったり、低かったり・・毎日、違う。
普通の言葉で温度が、残念ながら低くなっちゃったり、高くなっちゃったりした時、
普通に戻す為、井上さんの言葉が負担になって落としたり上げたりしてくれる。
それは奇をてらわず、普通の言葉を選んで井上さんが書いてくれる言葉の力だそうです。

言葉という事で、去年演じられた、鵜山さん演出の『ヘンリー六世』のトールボットの話になって
シェイクスピアの膨大な台詞と井上さんと比較された中井さん。
すると、木場さんから
言葉には、意味と内容があるって、それは台詞の中に書いてあるそうで、
問題は、言葉を何の為に誰に言っているかが、内容よりも優先的である
収める、怒るとか、勇気づけるとか、ちゃんと使われていれば、言葉=自分との関係が出来てくる。
目的を言う事により何を伝えたいかが見えてくる。と木場さん。
これは、鵜山さんもよく関係性という言葉を使いますし、絶対的な基本だと思います。

でも・・と、木場さん(笑)
たまに演出家と関係性に対して違いがあったりすると
「はい」と云いながら言うことを聞かないとか、その場でディスカッションしてなるべく勝ちたい。と(笑)
面白いですねぇ~
vs神妙な面持ちの鵜山さんです(笑)

さて質問タイムです。
早速、鵜山さんへの質問で
「“東京裁判で、天皇への戦争責任の追求することが意図的に避けられた”と、
台詞に明確にされていますが、表現の自由があるとはいえ、上演に際して配慮とかあったのですか?」
という質問に対して、鵜山さん。
97年に新国立劇場が開場した時の作品『紙屋町さくらホテル』を上演したときに
色々な問題をクリアしたと以前からお話されていたように
この劇場には、表現上のタブーはないと
「そもそも言いにくい事を、言う商売ですから。表現しにくい事をどう表現するか?
目に見えないものを、どうに目に見えるようにしていくかが、我々の商売ですから
ちょっと誇りをもってる」と、おっしゃる鵜山さん。
当時、劇場が全力で持って支えた過去があって、公共の国が支えた・・という事は
我々ひとりひとりが支えたという事ですから、この劇場は、それ以降、紆余曲折はあっても
自由にやらせてもらえてるそうで
今回の再演もなんら問題はなかったそうです。

お稽古中のお話をして下さって
“ずったか”(笑)と、高橋克美さんからニックネームをつけられた
石井さんから、演出の栗山民也さんのダメ出しされて、共演者の方に慰められたりと
ファミリー的な現場の様子をお話下さいました。
また土居裕子さんからは、栗山さんと鵜山さんでは全然演出が違うけれど
共通点があって、それは「二人ともしつこい」(爆)
木場さんからは、一ヶ月位の稽古期間で憎しみあっちゃうと稽古できませんからと
親しくなっちゃうし、親しくなった方が良いとおっしゃる木場さん。
それは、舞台の上で憎しみあう相手であっても、愛し合う相手であっても
相手を必要としないと出来ない事なので、相手を必要とする濃密な時間がないと
舞台にドラマが生まれないとおっしゃいます。
例えば、失恋する相手であれば、その前に愛していないとドラマは生まれない・・
なので家族や友人達よりも、濃密にならざるおえないし、濃密で無いとダメだと
でも数限られる時間の中で助かると(笑)一生涯だと「えらい大変ことだと(笑)」と、
おっしゃる木場さんの言葉はとても深いと思いました。
そして鵜山さんも
いつも稽古場では、なんでこの人はここにいるんだろう?と考えられるそうで
それは関係性のことをおっしゃっておられると思うのですが、そこのところがしみじみ
わかるといいなぁと思って演出されてるそうで、出演者の方々に遠慮がちな言い回しを
されつつ、ご出演者の方々に(笑)「今後ともよろしくお願いいたします」

最後に一言づつ
石井さんから、
今日は客席でご覧になっていて大変感動して、こういう作品にたずさわらせてもらえた
ことの喜びをおっしゃっておられました。
観ていて台詞を言ってる感じも演技をしている気もしない、当たり前といえば当たり前なんですが
客席でちょっと前のめりで見ている自分が居たそうです。
こういう作品を書かれた井上さんがいて、演出の栗山さんがいて、出演者がいて
ご自分のその一人であったことの感動を真っ直ぐ伝えて下さる石井さんです。
次の『夢の痂』も観て欲しい
ご自分を含めて、皆で戦争について考えることはよいことだと思う・・と、沢山お話して下さった
石井さん・・。すごくフレンドリーで優しい方ですね!

土居さんからは、
「今回は『夢の裂け目』の最初に井上さんが亡くなったという衝撃がありました。
そんな中で三部作をやっているのは運命かなぁと
『東京裁判』再演を果たして出演させて頂けて、上演できる国立の劇場もある
日本も捨てたもんじゃない。日本の政治家も頑張れ!って」

木場さん
芝居は生身のもので、その時、その時間で、そこの場所でやっている所に来なきゃいけない
ここでしか起こらない、生まれない小さなドラマ、かけがえのない時間を
お客様にも味わってもらいたい
一生懸命作りまから・・劇場に足を運んでください。
皆さんが、足を運んでくださると、我々の経済も成り立つ(笑)と、最後まで面白い木場さんでした。

で、最後は鵜山さんから
「ありがとうございました。
この弁護士一家もそうですが、持ち寄り家族で色んな人が集まって一つの空気をかもしてきて
井上さん流の言い回しだと共和国になる。
で、全然違うところから、そういう一つのパフォーマンスを見に来る為に劇場があって
井上さんは、劇場に対しても大変夢を持っておられる方」で
そんな井上さんの考えに励まされて、こういう仕事をしてる実感が本当にあるとおっしゃいます。
井上作品とこの劇場にかかわられたことが、体の中で信じるに足るものを何かを蓄えられたと
鵜山さん。
「そして今後も井上作品とこの劇場をよろしくお願いします」と、最後に締めくくられました。

なんか、ちょっと鵜山さんお疲れなのかなぁ~と、心配でf(^_^;)
まぁ後から、喉の調子がひりひりした感じだけど、絶好調と(笑)言われ・・ホッとしたのでした。
by berurinrin | 2010-06-26 23:25 | イベント

『夢の泪』シアタートーク<その1>

『夢の泪』の終演後シアタートークが開催されました。

司会は、中井美穂さん。
まず登場されたのは、演劇部門芸術監督の鵜山仁さんです☆きゃーきゃー!!
「連日、こうやって劇場に来てくださって、井上さん、出演者・・共々喜んでいると思います。」
現在は地下の稽古場で、目下第三部を稽古中との事
「演出の栗山さんがへとへとになっちゃっているんで、身代わりに出てきているんですけど・・」
いやいや身代わりばんざ~い・・すいません(><)でも、嬉しいです。

さて、前回のシアタートークで同じ年でいわゆる同級生の栗山民也さんに対して
「『東京裁判・三部作』(演出)やりた~い!!」と、対抗心もりもり(笑)鵜山さんの発
言を振り返るかのように中井さんから水を向けられると
「好き勝手な事を言うと憚られるんですが、僕が演出しているわけじゃないので・・」と、おっしゃりつつ
「別に対抗心燃やしてないわけじゃないんですけど・・」
やっぱ燃やしてるんだぁ・・
で、初演を振り返って質問されると
「誰が、何を裁いているんだろう・・と、そういう意味では、なぞが多い芝居。」
観る人、立場によって価値判断が違ってくる。
栗山さんも同じ言葉を使っていたそうで、違うものの見方とか考え方が
現場的な言い方だと、それがぶつかった時に、ハーモニーになるかノイズになるか?!
紙一重だし、ハーモニーもノイズも悪いわけじゃない
そのセンスが厄介な芝居。色んな座標軸で、それぞれの価値判断で
世界を回している・・・そういう表現意識をそそられるというか、対抗意識を燃やされるというか
・・やっぱ、演出したいみたいですねぇ鵜山さん(笑)

最終シーズン“戦い”3部作、3にこだわりたいとおっしゃいます。
3年やっていて、そのメリハリについて
○があってXがあって、△もある。
もしAとBがあったらCという違う答えもあっていいし、白か黒しかなかったら・・生きていても面白くない。
弁証法って、相異なる意見がぶつかった時に両方の意見をまたがって
前に進むべく答えを見つけるという、アウフヘーベンという言葉を使った鵜山さん。
鵜山さんってば、アウフヘーベンという言葉、お好きなんですよね。
井上ひさしさんの『人間合格』に出てきていた言葉でした。
わたしもこの言葉の意味を知ってとても好きになった言葉です。
「良い日もあるし、悪い日もあるし、転がって前に進んで明日がある。」まっ!
鵜山さんの言葉、素敵ですよね☆

ご出演者の木場勝己さん、土居裕子さん、そして石井一孝さんが現れました。
第一部『夢の裂け目』にご出演されて、今回は客席でご覧になっていた石井さん
早速、感想を聞かれて
「やっぱり圧倒された」そうです。
舞台装置は、床の板目とか微妙に違うらしいですよ。
前回初めて、井上作品に触れた石井さん。元々はミュージカルを活躍の場にされているので
かなり戸惑いがあったそうです。
例えば「一音一句違わずに言うこと」ミュージカルは翻訳ものが主なので
演出家がOKと言えば、多少語尾を勝手に変えたりするのは日常的な事なのだそうです。
「て、に、お、は」というか、「一音一句変えずにやってください」と
顔合わせの時に、三部作の出演者・スタッフ全員の前で井上さんからのメッセージが届いたそうで、
演出の栗山民也さんも同じ事をおっしゃったそうで、
井上作品の面白さと難しさひしひしと感じられたそうです。

『東京裁判・三部作』初参加の土居裕子さん
前回『夢の裂け目』では、プロテスタント系メソシズト派の女伝道師(禁酒らしいです)
そして今回は、酒に溺れる・・というか、「節操のない女優だなぁ」と楽しかったとおっしゃっていました。
本番とお稽古と同じ進行だったそうで、同じ立場の木場さんと
朝、お互いに「元気だよねっ!」とアイコンタクトをされていたそうです
「ナンシーは、あんな女なんですけど・・根底には、愛する夫と愛する歌を思う女性」
ご自分にぴったりだと(笑)
客席に向かって「酒!!」と歌いますが、初日には目を背けられたそうで・・迫力ありましたもんね。
でも、ちょっと寂しくて栗山さんに話したところ「みんな全員を背けさせろ」と
落ちていく快感が楽しいとおっしゃいました。

『夢の裂け目』では、紙芝居屋の絵描き。
先輩弁護士役で、69歳の設定で最後はおじいちゃんと
10年前の初演『夢の裂け目』を拝見した時は、自分だったらと考える年齢じゃなかったのに
今度は大分年が近くなったと、木場さん(笑)
『夢の泪』も(年齢設定が)5歳位しか違わなくなって、こんなになっちゃったんだなぁ
寂しい気分とおっしゃいました。
と、当時の観劇した芝居の印象を聞かれて「忘れました」(笑)

井上さんの膨大な量の台詞を頂く役が多いとおっしゃる木場さんですが
膨大な量の台詞の時は、メッセージやテーマとか言わなきゃいけないわけで
今回は、台詞が少ないので楽だなぁと思ったら、歌がやっかいだとおっしゃいます。
けれどもその場にいて、参加したり見守ったりするのが、楽しかったそうです。
「その台詞の隙間隙間で小さなドラマが点在していて、それらを見たり体感するのが楽しかった」と
おっしゃいました。
『夢の裂け目』では、土居さん扮する川口みどりさんとは、獄中で会うので
その時の川口さんの言葉で、一喜一憂で動かされ、
石井さんとの場合は、獄中のシーンで「あなたが頑張れよ」と言われ、少し憎しみが・・(笑)
言うだけ言って「お前がやれよ」って・・「一孝君が嫌いなわけじゃないですよ」(笑)
『夢の裂け目』時の心情を解説してくださった木場さんでした。

井上さんのメッセージをたくさん託された役の石井さんは、
すごく難しい台詞が多く、練習していても何日に一回は台詞を噛んじゃう(苦笑)と、
共演者の高橋克実さんに「お前は噛むよなぁ」と(笑)
井上さんから「一音一句変えずに・・」と、石井さんは前回公演を思い出して
かつてない緊張感を感じておられるたそうです。

初演時には、やはり台本が間に合わず1ページ1ページ、台本がFAXで
稽古場に届けられたそうですが、翌日届いた台本が全く同じで、よくよく見たら
「、」の位置が変わっていたり
「に」→「へ」に変わっていたとか・・
まさに心骨削っての一音一句・・・。すごいです。

土居さんの歌い方について、ミュージカルで拝見する時と全然違うと、中井さん。
それについて演出家から指示を受けたそうで
良い声を要求しているわけではなくって
ナンシーという人間が発している声であって、
明日食べるものがなくなる・・そんな時代に生きている人間の声が欲しい。
と、オーダーが出されたそうです。

また、春風ひとみさん扮するチェリーさんと2人で一つの声を発するシーンも多く
どうやったら良い感じになるか?二人でよく話し合われたそうです。
結果、今突然にふっとやっても合うと思うと、土居さん。
まるで双子のように、喧嘩していても、何があっても一緒に声を合わせられると
「けんかしてる・・って健康的だろう」って栗山さんがおっしゃったそうで
この2人のけんかは仲良しのけんかだって思って演じられておられるそうです。
そんな春風ひとみさんとは、楽屋も一緒。
やっぱり人間ですから、どうしても合わない人っていると思うが
お互いに歩み寄って譲り合う、いいパートナーだとおっしゃいました。

なんかいつもよりもおとなしい?鵜山さん・・にちょっと心配な私です・・
次回に続きます
by berurinrin | 2010-06-24 23:54 | イベント

シェイクスピア祭『鵜山仁、シェイクスピアを語る』その2

『ヘンリー六世』の演出について
「知的な演出をされた」と河合祥一郎さんが、総合的な感想をおっしゃいました。
それは、シェイクスピアがわからない人に対しても、明晰でわかりやすかった。と
「そのまま『リチャード三世』が観たかった」と、河合さん。
わたしも観たかったぁぁぁ~!もちろん鵜山仁さんの演出で♪

『ヘンリー六世』のお芝居の中の場面で一際、河合さんの心に残ったのが
戦場のシーン。
中でも、息子を殺してしまった父親と父親を殺してしまった息子の嘆きの場面で、
その2人を見てヘンリー六世が嘆くシーン。
ヘンリー六世を演じられた浦井健治さんが、宙吊りになりながら
自分の無力さを独白する台詞が、そのまんま身動きできずヘンリー六世の無力さを
宙吊りによっていかんともしがたい状況が視覚的に良く表されていて
良く思いついたなぁ~と、そのアイデアについて鵜山さんに質問されました。

すると鵜山さん、この会場の上を見上げて
「この三倍位ある高いスノコから
ヘンリー六世演じる浦井君を降ろさなきゃいけなくて・・」と
ご自身も中劇場の天井のスノコ登られたそうで、
「下を見たら、これは落ちたらダメだな・・(苦笑)」と
ダメに決まっているんですけどって、ちょっと怖かったそうですが
あの場面を観たお客様から「ヘンリー六世は死んじゃったんですか?」と
聞かれたそうで、「天に昇っちゃったと思われたんでしょうね」
なるほど~。
一応、この場面は「このもぐら塚の上に座って」と戯曲に書かれてるそうで
元々高いところにヘンリー六世が居る設定にはなっているそうです。
「あの中劇場の舞台機構の中で、2階のお客様にも浦井君の顔が近いシーンも
作らないといけないかなぁ~バカな事も考えちゃったり(笑)」と、
好きな人を間近で見れる機会を作ってくれるなんて、ファンに優しい鵜山さんですね。
私は2階で拝見する機会はなかったのですが、2階でご覧になられたお客様は
浦井さんのお顔近くでご覧になれたのでしょうか?
とはいえ、「なんともつかない不安定な安定感を実現してみたかった」そうです。
「そもそも上から人が降りてくるっていう発想は凡人には思いつかない」と
河合さん。うんうん、そーですよねぇ
「この発想は稽古場で?」と聞かれた鵜山さん。
人命に係わることなので、早めに企画書を出してと云われて、
かなり早いうちから考えられたそうです。

とはいえ「一種のパクリだったかも・・」とおっしゃる鵜山さん。
1983年にパリのオデオン座でジョルジュ・ストレラーさんという有名な演出家が
ミラノのピッコロテアトルのイタリア人がイタリア語で上演した『テンペスタ』を
(シェイクスピアの『テンペスト』です)ご覧になったそうで
妖精エアリルが、一本吊りでフライングしていて自由に空中を浮遊していて、
プロスペローの手から手へ軽くジャンプしたり
ところが、最後魔法の力によって捕われていたエアリルが、プロスペローから解放されたシーンで
エアリルのワイヤーが外れたそうで
外れたら歩いて舞台から去っていかなきゃいけない。
捕われた時は自由なんだけど、去っていく時は自由なんだけど不自由な様を
体感しなくちゃいけない・・そんなシーンが浮かんだようです。
「ついでに・・」と云いながらその『テンペスタ』に登場する
怪獣キャリバンのシーンも面白かったそうで
舞台の真ん中に黒光る板がずっーとあって、真ん中に白い砂があったそうで
で、キャリバンがその白い砂に顔を埋めて、ふと上げると白い刺青のように
顔に描かれていたそうです。
刺激的な舞台・・面白いですねぇ~

「稽古に入る前に長い時間をヘンリー六世の浦井さんと過ごしたのは?」と
河合さんから質問された鵜山さん。
「(浦井さんが)長い台詞を、あまりしゃべった事が無いようだったので・・」と
鵜山さんご自身、台詞をどうしましょう?とか、どういう風に解釈しましょうか?
どういうベクトルが、この台詞一行の中にあるのだろうか?とか、
もうちょっと勉強してみたかったそうで・・浦井さんが、そんな鵜山さんに
「そういうのに付き合ってくれたっていうかどっちが先生だか判らないんですけど・・」と、
半月ほど毎日ではなかったそうですが続けられたそうです。
「すごい贅沢な授業ですね」BY河合さん
本来はやらなきゃいけない・・と、おっしゃった鵜山さん。
「でもそういうデスクワークは馴れていないんで・・」
とはいえ、若い方であまり舞台の経験の無い人と時々、同じようなことを
されるそうですが、今回のように、こんなに長くやった事はなかったそうです。

主に読み合わせをされるそうですが
「この台詞は、誰に言ってるんだろうね」とか、芝居の授業になっちゃうんですけれど・・と、続けて
「例えば「おはようございます」という台詞があったとしたら
“本当は出掛けたくなかったんだけど・・とりあえず、河合さんに会ったので
「おはようございます」と言って背中を向けたい”とか、
モチベーションが色々あって台詞をどういう音で言う中に、前後の人間関係が含まれてる・・
と、言うのが持論なんですけど」と、僕だけが言ってるわけじゃない(笑)
そういう一つ一つを腑分けしてみようと、でもそれらは相手次第だし、相手の
リアクションで変わってくる・・そういう事を含めて
稽古場で解決しなきゃいけない問題が多いけれども、その前提として、
いくつ位ひとつの台詞で関門があるのかと探ってこられたそうです。

久しぶりの第2弾です。覚えてますかぁ(苦笑)
忘れたわけじゃないんですが(まだまだUPしたいものがあって・・)
なかなか追いつかなくって・・・でも、楽しくUPしますので、
伝わって頂けると嬉しいです。
かなり私の解釈が入っているので、
「そんなこと言ってないぞ」なんて言わずに、優しいまなざしでお願いします★
by berurinrin | 2010-06-22 01:43 | イベント

熱い思いを語って頂きました『いくつもの時間』!

ちょっと前のお話になりますが
横浜演劇鑑賞協会のメンバーからなる”かながわ九条の会”の集まりに
山谷典子さんが『いくつもの時間』のPRの為においで下さいました。
以前にも書いたと思いますが
山谷さんが、自ら戦争体験のインタビューをされて、それらを書き起こして
いつか将来リーディングとして、戦争を知らない世代に引き継いでいきたい・・・
出来れば、中高生を対象として・・と、
「もし、その時がきたら何かお手伝を・・」と、話をしていたのは去年の今頃・・
それが一年後には、アトリエで自主企画として実現されるなんて
本当にびっくりしましたが、その山谷さんの気持ちの強さに感動しました。

以前から歴史が好きだったとおっしゃっていた山谷さん。
子供の頃に「東京大空襲」の写真をみて大変ショックを受けられたそうで
その事がずっと心に引っかかっておられたそうです。
「何か出来ないか?」
まずは、戦争を知る事から始められたそうで
劇団の先輩や知り合いのご両親の方々からお話を伺って、お話を集められたそうです。
当初は本にして・・とも考えられたそうですが
俳優としてできること・・・そう、文章を書く事は素人だけれども
プロの俳優としての力を最大限に生かしてできる事を選ばれた山谷さん。

見た目は、楚々として美しい女優さんですが
これが(笑)かなり男気のあるガテンな女性なんですよ(笑)
丁度、事務局においで下さった時期が例会間近で
事務局長が、例会時に配布するパンフに『いくつもの時間』のチラシを折り込んだらと
言って下さってたので、山谷さんに「送ってくださいね」とお伝えしたんですが
当日ハンドキャリーで、チラシを2,500枚分自ら運んで来られたんです。
これには本当に皆さんびっくり!
その上、お話の最中も「おいっ!」とツッコミを入れたくなる程の気取らない素顔を魅せてしまう
山谷さんの人柄に、皆さんすっかり打ち解けてしまって楽しい一時を過させて頂きました(*^_^*)

そんな山谷さんと山谷さんの信頼する仲間たちで練り上げられた作品です。
決して楽しい作品ではないと思います。
けれども山谷さん達の言葉を伝って、彼らの思いを受け止めて
私達が未来の子供達の為に何をすべきか、何を今すべき事か
彼らと一緒に考えてみるいい機会かもしれません。
今週末、アトリエでご一緒に時間を過去の時代に戻してみませんか?

文学座有志による自主企画リーディング公演
        『いくつもの時間~戦争体験を語り継ぐための試み~

台本構成 山谷典子   

舞台監督 今村由香 

舞台美術 乗峯雅寛
 
照明    賀澤礼子

音響    栗原亜衣

日時    6/19(土)19:00~:6/20(日)14:00~ (開演30分前より開場)

出演    鬼頭典子、浅海彩子、佐川和正、山谷典子

於      文学座アトリエ 
         
入場料   前売1,000円/当日1,200円

文学座企画事業部  TEL.03-3351-7265(11:00~17:00日祝を除く)

主催  「いつもの時間」上演委員会

協力 文学座企画事業部

20日(日)は残りあとわずか・・19日(土)はまだ余裕がありそうですよ!!
by berurinrin | 2010-06-18 00:14 | イベント