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『トロイアの女たち』解説講座<その2>

智将オデュッセウスの考えた木馬作戦によって、たった一日で陥落したトロイア。
トロイアの男達は皆殺しにされ、女たちは奴隷としてギリシヤの各地に分散されることに
なりますが、そのトロイアの残された女たちの行く末はどうなったんでしょうか・・・

トロイアの王・プリアモスと王妃ヘカベの間に沢山の子供がいますが、挙げてみると

 王子パリス(ヘレネと恋に落ちます)
 総大将ヘクトル(妻・アンドロマケ)
 カッサンドラ(巫女)
 ポリュクセネ

王子パリスは、アキレウスを得意の弓で殺しますが、(自身もピロクテーテスに殺されます)
後にアキレウスの慰霊の為に、ポリュクセネが、生贄となって殺されてしまいます。
総大将・ヘクトルの妻・アンドロマケは、夫を殺したアキレウスの息子である
ネオプトレモスの愛妾と決められます。
カッサンドラは、神に仕える巫女であり、彼女を愛したアポロンから予言の能力を贈られたものの
アポロンの愛を拒絶した為に、「予言は正しくても誰も信じない」という罰も与えられてしまいました。
巫女でありながらも、ギリシャ側の総大将・アガメムノンの愛妾に決められます。
そしてヘカベは、トロイアを破滅に追い込んだ木馬作戦を考案したオデュッセウスの奴隷と決まります。
これらは、くじで決められたそうです。

ここの人間関係を踏まえておくと、トロイアの女性達のより悲劇性が伝わって来るのではと
山形さんは、図式で教えて下さいました。
中でも、アンドロマケはひどいですよね。よりにもよって夫を殺した相手の息子の奴隷になんて
ヘカベも、王妃の立場で、自国を破滅させた宿敵・デュッセウスの奴隷ですから・・・
でも、悲劇はまだまだ続きます。
その先は、お芝居を観た方が良いですね(*^_^*)

で、必ずギリシャ悲劇に登場するのはコロスという集団。
コロスは英語で書くとchoros=合唱舞踊団と表現するらしいのですが、主に群集を演じられるそうです。
コーラス(合唱)=chorusと、一文字しか違わない。
で、このコロスは、登場したら最後まで舞台に居続けるそうです。
ここで、ギリシャの屋外で演じられた『トロイアの女たち』の映像を見せて頂きました。
「ティポタ~♪ティポタ~」と歌うコロスたち。ティポタというのは「何も無くなった」という意味だそうです。

もう一つのギリシャ悲劇の特徴は、agon(アゴーン)といわれるトークバトル(笑)
ギリシャ人は、議論好きだそうです(笑)
要は、対立する二人の役者が、論理的に会話する。
『トロイアの女たち』では、トロイアの王妃ヘカベVSヘレネとなります。
ヘレネは、夫・メラネオスに対して、戦争責任は自分には無いと正当性を訴えます。
ヘカベは、(息子・パリスと)姦通をしたヘレネに対しの処刑を、ギリシア人で行なうようにと
訴えます。それはヘカベにしてみたら諸悪の根源はヘレネですから・・

トロイ戦争は、一人の女・・些細な事で戦争が起こりました。
残された対蹠的な二人の女、ヘカベとヘレネのアゴーンの決着はどうなるのでしょうか?
それは、それはまた観劇後にお話できるといいなぁ~と思っています。

この日は、丁度この講座の前に『トロイアの女たち』の稽古場を見学させて頂きまして
それも丁度ヘカベVSヘレネのアゴーン対決のシーンだったんですよ。
ホントすごい迫力でした。

さて、今回イベントを逃してしまったというお方。
大丈夫まだまだイベントは目白押しですよぉ~
第3弾は、『カラムとセフィーの物語』の脚色をされた
英ロイヤル・コート劇場芸術監督ドミニク・クックさん来日シンポジウム
が行なわれます!!

日時      10/6(水)『カラムとセフィーの物語』公演終演後
パネリスト   ドミニク・クック、中山夏織(通訳)、高瀬久男(演出)
会場      文学座アトリエ
定員      150名(先着順)
参加費     1,000円
予約開始   9/4~
お問い合わせ 文学座03-3351-7265

そして、各公演には、演出家、出演者を交えてのアフタートーク(交流会)がありますよぉ
トロイアの女たち』9/12(日)公演終了後
カラムとセフィーの物語』10/10(日)公演終了後
ダーヴィンの城』10/28(木)公演終了後
これからチケットを・・・と、考えておられる方は、ぜひカレンダーをにらめっこしてみて下さいね。
あと3本通し券というお得なチケットもありますので
詳しくは、専用ページ文学座アトリエ60文学座NEWS BLOG

今日は、初日!おめでとうございます!!
わたしは週末までお預けですが、明日からは文学座公演『殿様と私』(9/8~11)がやってきます。
例会公演中には、交流会やアフタートーク、バックステージなど盛りだくさんな企画もあります。
もしお近くにお住まいもしくは職場など・・・よかったらこれを機会にご入会のご検討は如何でしょうか?
詳しい情報は→横浜演劇鑑賞協会へよろしくお願いいたします
by berurinrin | 2010-09-08 00:14 | イベント

『トロイアの女たち』解説講座<その1>

文学座アトリエ60周年記念 イベント第2弾
古代ギリシャ悲劇を現代感覚で伝える翻訳家・山形治江による
『トロイアの女たち』解説講座

・・・に参加してきました(笑)
どうやら『トロイアの女たち』が10倍楽しめるらしい★・・・いや、楽しめそうです♪
ギリシヤ悲劇かなり好きなんですけど、苦手意識が強い私。
なんで苦手意識が強いのかって、参加してわかりました!
それは、役名が長くて覚えにくい・・そのうちにこんがらがってくる(笑)
なので、それを押えちゃえば、もっともっと楽しくなるんじゃないかなぁ~と
つーことで、皆様とご一緒にギリシャ悲劇を楽しめたらいいなぁ~と思いました。

講師は、ギリシャ悲劇上演と、なればこの方の存在なくしては実現ができない・・と
いえるほどの第一人者の山形さん。
どんな方なのか・・と、思いきやめちゃめちゃ気さくな先生で(笑)
こんなに陽気な方がギリシャ悲劇を語るのですかぁ?と思ってしまうほど
あっという間の約2時間のレクチャーでした。

このイベントの趣旨は、はっきり『トロイアの女たち』の通になって頂く事。
なので観劇する事を前提としての講座でありました。
そして、観たらアンケートに感想を書いて欲しいとおっしゃいました。
講座に参加して、通になって通の目で感想を書く事によって、よりギリシャ悲劇を楽しむ事ができる
と、山形さんのお話が始まりました。

『トロイアの女たち』は、戦争に負けた国の女たちの悲劇を描いたお話です。
父、夫、兄弟、子供・・男達は皆殺しにされ、残された女たちが戦勝国の
男達の奴隷となり、その行く末を決められるがままに流されていく・・・
が、こういう事になっちゃたのか?・・というと
そもそもは、ギリシャ神話の美神選び・・いわゆるミスコンが元凶だったそうです。
エントリーした女神たちは
結婚の神ヘラ(嫉妬深く、どちらかというと(笑)皇族系)、
知恵の女神アテナ(戦術、どちらかというと(笑)宝塚系)
美の女神アフロディテ(性愛、どちらかというと(笑)グラビア系)
で、審判員はトロイアの王子パリス。
三人の女神達は、パリスに自分を勝たせてくれたら引き換えにと、賄賂を提示します。
ヘラは、「アジアとヨーロッパの王様の地位」→権力
アテネは、「ギリシャの征服」→武勇
アフロディテは「ヘレネ」→美女

トロイアの王子パリスは、アフロディテを選びます。
報酬にもらったのは、絶世の美女へレネを手に入れますが
ヘレネはすでに人妻だったから大変。
夫は、スパルタの王・メネラオス。
メネラオスは、同盟を結んでいるギリシャ諸国に夫の権利を奪われたと、ヘレネ奪還と報復を訴えて
兄・アルゴスの王・アガメムノンを総大将にして、連合国と共に軍を起こします。


       クリュタイムネストラ(姉)= アルゴス王・アガメムノン(兄)   
                 |        |
トロイア王子パリス →  ヘレネ(妹) = スパルタ王・メネラオス(弟)


トロイア側
ギリシャ連合軍側

そして、この戦いにはギリシヤの神々も参加していました。
アフロディテはもちろんトロイア側
美神争いに負けたヘラとアテネは、ギリシャ側
そして開戦から10年後、トロイアは陥落します。
by berurinrin | 2010-09-06 23:02 | イベント

『殿様と私』横浜公演まであと8日

今頃、無事初日の幕が降りて美味しいお酒で乾杯~!!てな感じだと思います。
ともあれ神奈川公演スタート!おめでとうございます!!

横浜演劇鑑賞協会では、9/8(水)~11(土)4日間、神奈川県立青少年センターホールに於いて
文学座公演『殿様と私』が上演されます。
私が演鑑に入って『テラノヴァ』『月夜の道化師』『アラビアンナイト』と4作目の文学座公演。
そして運営委員となって『アラビアンナイト』についで文学座は2作目の担当となります。
うほほっ楽しみ♪楽しみ♪

実は、前作の『アラビアンナイト』の時は、やらかしまして
交流会の司会でテンパッちゃって三木敏彦さんを恐れ多くも「三木ちゃん」と呼んでしまったり
その前に、緊張するからとワインを飲んだのが悪かった。
そんなこんなの反省をリベンジすべく、
今回は一見、余裕をかました知的で穏やかな雰囲気で臨みたいと思っております。
「えっ、こんな大人な方だったんですか?!」
「てきぱきさんじゃ、あ~りませんか」と、言われるのを目標にがんばりますっ(笑)

で、公演終了まで、ぽつりぽつり経過をUPして行きたいと思います。

例会の活動は、なんやかんや言いながら運営委員が中心でやっていくんじゃないか?
と思われると思いますが
いざ例会が動き出すと、実は主役は担当サークルの会員さんで、
運営委員はあくまでも補佐的な役割を担うものです。
会員さんがスムーズに例会の活動を楽しんで、素敵な感動と出会って
また次回の例会の活動に繋げられるといいなぁ~と、思って頂く為に
運営委員たちは、一生懸命フォローさせて頂きます。

第一回の打ち合わせは、7/1(木)に事務局にて行われました。
午前、午後、夜の部と三回に分けての打ち合わせ。
私は夜の担当なので、夜の部に参加しました。
これから例会が終了するまでの約3ヶ月間お付き合いする仲間達ということで
自己紹介と一言挨拶から始まりました。
文学座からは、ミセス・アンナ・カートライトを演じられる富沢亜古さんと初演の担当をされた制作のIさんに
参加して頂きました。お二人は、全ての回に参加されたそうで、さぞお疲れだったと思います。
Iさんからは、創立73年の歴史を誇る文学座という劇団についてのお話。
作家のマキノノゾミさんが、NYで『王様と私』をご覧になって
なんでタイの王様が英語をしゃべっているのか?と、さまざまな欧米主義的な作りになっている
『王様と私』に対抗して書かれた事や当時の鹿鳴館や華族などの踏まえた
作品の概要と時代背景を説明して頂きました。
亜古さんは、初演時のエピソードや身振り手振りをを使って芝居する事が何より嫌いな劇団なはずが
アンナ先先を演じるためにあえてオーバーアクションで芝居をされてるとか
「楽しい芝居は稽古場も楽しくないといけない」と
おっしゃる西川信廣さんの言葉で、アットホームな稽古場の様子をお話して下さいました。

その後は、有志での交流会が行われました。
亜古さんとは、ほとんど初めて状態でのお話だったんですが
とてもりりしい方で(良い意味で!)はっきりおっしゃる姿勢に、わたしは大好きになりました(*^_^*)

7/16(金)には、『殿様と私』のイベントで加藤武さんを事務局にお招きしての
『芝居人生おおいに語る』と題しての講演会が行われました。
「芝居人生なんて語れない」なんておっしゃる加藤さんは、
椅子を用意しても座ることなく、約2時間立ちっ放し・・すごいです。
『王様と私』を違う方向から捉え日本を舞台にしたいと思ったと
つかこうへいさんの門下であった作家のマキノノゾミさんのお話から
東宝ミュージカル『王様と私』に大臣でご出演されたお話や
帝国ホテルのすぐ近くにあったという鹿鳴館。
そして戦争時代の頃のお話になって
移動劇団・桜隊の広島被爆のお話へと続いて行きました。
さくら隊といえば、こまつ座『紙屋町さくらホテル』(鵜山仁さん演出)で存知ていましたが
加藤さんにとっては丸山定夫さんも園井恵子さんの面影は今も胸の中に生き続けられていて
さくら隊の追悼の会にも参加されておられると
8月を前にしてお話下さいました。

第二回の打ち合せは、8/2(月)
主に、当日の役割分担と前回の打ち合わせからこの日までに懸案事項になっていた
ことの回答や劇団側と事務局との間で交わされた事項の報告など
例会を前にして担当サークルの皆さんに作品を知ってもらうイベントとしての
稽古場や舞台稽古見学等の参加申し込みなど、細かい作業を決めて行きます。
今回は、とても皆さん積極的に手を挙げて参加して下さって
あっという間に役割分担が決まってしまいました。
この日は、女性の先輩たちと女子会のノリでご飯を食べて帰りました。
こんな交流もめちゃめちゃ楽しいのです。

えへへっ、観たくなっちゃたでしょう(笑)
大丈夫です(*^_^*) まだまだ入会は間に合いますよぉ~
例会公演中には、交流会やアフタートーク、バックステージなど盛りだくさんな企画もあります。
もしお近くにお住まいもしくは職場など・・・よかったらこれを機会にご入会のご検討は如何でしょうか?
ちなみに私は9/8(水)、9/10(金)、11(土)と会場にいますので
ぜひ構って下さい(笑)
詳しい情報は→横浜演劇鑑賞協会へよろしくお願いいたします
by berurinrin | 2010-08-31 22:02 | イベント

『父と暮せば』アフタートーク in 川西町フレンドリープラザ<その2>

方言についてのお話で、東京生まれの栗田桃子さん。
ご両親も東京で、方言を持っていないので憧れがあったそうです。
「しゃべりながら外国語を覚えるような感じで大変だけど、方言しゃべれて嬉しい★」
今は、そんな事はないらしいですが・・・(笑)
方言指導の方が入れてくれたテープを聴いて方言のイントネーションを覚えられたそうですが
実際は、会話によってどんどん変わっていくので、お稽古場で都度、言葉を直して頂いたそうです。

井上ひさしさんにとって、言葉を大切にするということは
人間を大事にすることでもあったそうです。
例えば『雨』だとしたら山形弁のように・・
続けて、司会の佐藤修三さんが、「方言と演劇について」鵜山仁さんに尋ねられました。

鵜山さんの田舎は、奈良県。
「ちょっとひねくれていて、地の言葉で芝居をしない為に、東京に出てきて
新劇やってきたんですけど、それを井上さんにひっくり返されているんですけど・・」
ここの川西町フレンドリープラザには、隣接して図書館があるんです。
その中には井上さんの所蔵の本が保管されてる遅筆堂文庫もあります。
で、鵜山さんが、これら図書館のように“字”を蓄積している場所はあっても
「音(言葉)というのは、録音したらそれで良いわけじゃない」
音の周りの背景というか、空気みたいな、風や匂い、温度みたいなものなので
そういうものを含めて言葉として成り立つので、舞台にしかできない。
方言も含めて、色んな音があるとおっしゃいます。
「色んな音があるから面白くって、一つの音しかない程つまらないものはない。
色んな音がぶつかり合いをして、ハーモニーになったり、時に雑音に
なったりすることが大事なんじゃないかと思う」
「言葉の音だけじゃなくて、色んな生活があって、感じようがあって歴史があって、いかに多様な世界とか、
宇宙とか地球とかその豊かさを伝える事を、井上さんはおっしゃりたかったんじゃないかな」
「並大抵ではないんですけど、ちょっと気にして・・と、言いつつ(笑)
自分は方言を捨ててきた身で、脛に傷を持つ身ですが、劇場の中では心掛けてやっていきたい」
鵜山さんは、台詞とか言葉とか言う前に、“音”という単語を良く使われます。
井上さんのこだわる言葉と鵜山さんのこだわる音は、表現が違えど
同じ思いを抱いておられるようです。

映画版『父と暮せば』を最初にご覧になったお客様から
「おとったんを幽霊に設定する為のご苦労は?」と、鵜山さんに質問をされました。
「俺は王様だって言えば、王様になっちゃう。
という楽な事が出来ちゃうのがお芝居で、それもこれもお客さんとの共犯関係
というか、ある音が信じられたら、たちまち世界が出来上がる。
逆に映画のほうが視覚的にも作らなきゃいけないから、大変じゃないかなと」
ということで、あまり苦労はされていないようです(笑)

井上さんは「生前に終戦といわず、敗戦と表現されていたが、どうして?」と
いう質問に対して、客席でご覧になっていた井上さんの奥様ユリさんが
「事実は事実として、直視しようとしたから」と答えられました。

この日の客層は、普段と違って若い方がとても多くて
萬長さんは、緊張されたそうです。すごくいい経験ができたと嬉しそうでした。
それに対して佐藤さんが「今日の萬長さんは、元気な幽霊でした(笑)」
すると鵜山さんが
「まぜっかえすようですが、井上さんは“幽霊”という言葉を使いたがらなかった。
美津江さんだって幽霊かもしれないし、舞台に出てる人ってそうじゃないですか?
心の中に住んでいるっていうか・・」
初演の時から、“幽霊”という言葉に対して
井上さんは、いい顔をされなかったそうです。
確かにそうですよね。木下さんなんて名前だけで登場さえしないんですもんね。
まさに彼こそ幽霊みたいですね(笑う)
「・・明らかに“幽霊”というのは、表現として面白い(笑)」

さて、時間が押しているとの事で、約30分程のシアタートークは終了して
続いて井上ひさしさんの県民栄誉賞授賞式が行われました。
井上ユリさんそして吉村美栄子知事が舞台の上に登場し、表彰状と記念品を
授与されてご挨拶されました。
そんなご様子を客席の扉の影で立って見守っておられる鵜山さんのお姿がふと目に入って
感慨深い気持ちになりました。

イベントが終了して、桃子さんが、隣接している図書館の展示物を鑑賞されていると伺って
桃子さんに会いに図書館へ
井上ひさしさんの展示物を熱心にご覧になっている桃子さんと再会できました。
桃子さんの美津江さんは、わたしは大好きです。最高です!絶品です!ねー!!
普段の素顔は、ちゃきちゃきした元気で面白い桃子さんです★
そのままご一緒に鵜山さんの元へ
すると鵜山さん「ダメ出しがあるんですけど」
明日が千秋楽なのにぃ~「えっ~」と桃子さん(笑)
萬長さんとご一緒にノート持参で別室に行かれましたf(^_^;)
わたしはこの日の『父と暮せば』は、大・大満足だったんですが
さすが鵜山さん、最後までこだわり屋さんですねぇ~そんなところが、これまた素敵なんですけど(笑)
翌日は、シベール・アリーナでの今年のツアーの千秋楽。
千秋楽を観て、帰りたかったんですが、夜公演でその後に帰る電車が無かったんです。
なので泣く泣く諦めた私ですが
鵜山さんは、千秋楽をご観になると言われ
「ダッシュで行けば最終の新幹線に乗れるから」と、おっしゃっていました。
鵜山さんの作品と係わる皆様に対する愛ですよね~!
あ~わたしもダッシュして観たかった(笑)いやいや、欲張っちゃいけません
それはまた次回の感動の為に取っておかなくっちゃ(*^_^*)
by berurinrin | 2010-08-21 10:06 | イベント

『父と暮せば』アフタートーク in 川西町フレンドリープラザ<その1>

『父と暮せば』の終演後、休憩を挟んでアフタートークが行われました。
司会進行は、2003年に行われた国民文化祭まで、この場所にあった
演劇学校のお仕事をされていた佐藤修三さん。
ご出演は、辻萬長さん、栗田桃子さん、そして
♪会いたかったぁ~会いたかったぁ~会いたかったぁ~yes♪の鵜山仁さんです。うきゃっ、らぶです★

メモで残したものなので勝手な解釈だらけです。どうぞご承知の上でお読み下さいね。

この日は、終戦記念日そしてお盆・・。
この時期に『父と暮せば』を上演するということは、いつもの観客とも出演者とも違うのでは・・
と、佐藤さん。このお話の元となっているのは原爆ですから・・

「そのことについて、どう感じて、どう受け止められて演じておられますか?」と佐藤さんが
のこまつ座唯一の座員の萬長さんに質問されました。
すると、萬長さんから
当初から井上さんが「劇団としてこの作品を毎年8月は上演していこう」と、
ご意思があったそうですが、残念ながら上演したくても、実行できなかった年もあったそうです。
8月は、二つの原爆があって、終戦記念日があったり思いの深い月・・
今年は、地方巡演中の8月は、広島で上演されたそうです。
それも公演した翌日に式典があったような場所で・・と
「こうやってやり遂げる事が大切」と、萬長さんがおっしゃいました。

2年前に初めて参加された桃子さんは、美津江さん役がとても演じたかったそうで
本当に嬉しかった!と、おっしゃいました。
とはいえ自分の事で精一杯で、当時は全く余裕がなかったそうで、
自分の体の中に井上さんの書かれている言葉を通して、
再演の機会を与えられたので、もう少し真っ直ぐ受け止めているかなぁと
思いながら努めているそうです。
前回の公演は6月。今回は8月に広島で演じる機会があった桃子さん。
「・・そして今日15日にこういう場を頂けたということは
皆様の中にも想いが、ちょこっでも残って頂けたら・・」

司会の佐藤さんが、井上さんが亡くなられて、その後、井上さんの追悼番組などで
拾い集められたいくつかの印象的なキーワードのうちの中から
三つの言葉を披露して下さいました。
「井上さんの志を引継ぐ」
「後に続くものを信じて走る」
そして「井上ひさし、未来に続く言葉」
これらを並べてみると井上さんの遺言がわかる気がするとおっしゃいました。
で、「未来に続く言葉」ということで、NHKの井上さんの追悼番組に
鵜山さんが、ゲストでご出演された時に、お話の最中に時間がきて番組が終わってしまいまして(><)
「そのお話を含めてお話してください」と、佐藤さん。

すると鵜山さん「ちょっと、かっこ悪かったんですけど・・」と苦笑しながら
「途中で終わってしまって、何を言おうとしていたかというと・・
やっぱり戦争を語りついでいく事だと思うんだけど・・」
この中にも井上さんが“おとったん”とか、いろんな形で舞台にいるような気がされるそうです。
直接経験したことのない広島での悲劇をどういう形にして、私たちに伝えていくか?
劇中でもおとったんと美津江さんとの間で“広島の一寸法師”とか
子供たちに判りやすく伝える為に苦労するシーンがありましが
井上さん、ご自身も実際に原爆の資料を芝居の中に取り込んでいくことに
ついてとてもご苦労されたそうです。
「後にどう伝えていくか・・その言葉で実際生きたわけではないけれど
お話(芝居)として言葉で伝えていくことが、とても効果のある
それもコストのかからない抑止力になるんじゃないかと・・あの時は、言おうとしてたんです。」
でも、ちっ~ともかっこ悪くなんてなかったですよね。

そのまま言葉を繋げて鵜山さん。
「コミュニケーションがとても大切」とおっしゃっいました。
実際にはその場にいなくても、追体験するように想像力を
働かせて体験することが出来る。そうする事によって、過去を生きる体験をすることで、
多少は賢くなって、今という場所が
だんだん生きやすくなる場所になっていくんじゃないかなぁと
井上さんから教えてもらったような気がするそうです。
そういうこともこれから先も受け継いでやっていければいいんじゃないかと・・
特に今日はお盆・・
「亡くなった方が戻ってくれる日なので・・」と鵜山さん
『父と暮せば』は初演から16年。井上さんを含めて色んな出会いが
お芝居を通じてあったそうです。
「特に井上さんの事を思わずにはいられない」とおっしゃりながら
「2人だけの芝居ですけれど、登場人物がどんどん増えていくような気して心強い限りです。
今後ともよろしくお願いします」

『父と暮せば』で使われている広島弁は、原爆が落ちた当時の言葉を
使われいる為、広島県での公演中に「方言が、ちょっと違う」と現地の方に言われたそうです。
萬長さんから
「井上さんから言われた言葉で、もっと大きな何倍もの威力のある原爆が
落ちたとしたら、その時点で、方言がなくなる。
人間の持っている文化で一番美しいのは言葉で、その言葉の中でも
方言は、その地域にしかない美しい言葉。
その失う悔しさを思うように、美しい方言、言葉でしゃべってくれ」と
現地では違う言葉と言われても、それは覚悟の上で
みなさんも、昔はもっと美しい言葉でしゃべっていたんだよと思って舞台で語っておられるそうです。
by berurinrin | 2010-08-18 23:43 | イベント

アトリエ60周年記念のイベントのお知らせ!

アトリエ60周年記念のイベントのお知らせ!

第一弾のシンポジウムは終わってしまいましたが
第2弾は、翻訳家・山形治江さんによる<『トロイアの女たち』解説講座>が行なわれます!!

日時      8/28(土)14:00~15:30
会場      文学座新モリヤビル1階
定員      50名
参加費     500円
予約受付中!!
お問い合わせ 文学座03-3351-7265

第3弾は、『カラムとセフィーの物語』の脚色をされた
英ロイヤル・コート劇場芸術監督ドミニク・クックさん来日シンポジウム
が行なわれます!!

日時      10/6(水)『カラムとセフィーの物語』公演終演後
パネリスト   ドミニク・クック、中山夏織(通訳)、高瀬久男(演出)
会場      文学座アトリエ
定員      150名(先着順)
参加費     1,000円
予約開始   9/4~
お問い合わせ 文学座03-3351-7265

まだまだ、各公演には、演出家、出演者を交えてのアフタートーク(交流会)がありますよぉ
トロイアの女たち』9/12(日)公演終了後
カラムとセフィーの物語』10/10(日)公演終了後
ダーヴィンの城』10/28(木)公演終了後
これからチケットを・・・と、考えておられる方は、ぜひカレンダーをにらめっこしてみて下さいね。
あと3本通し券というお得なチケットもありますので
詳しくは、専用ページ文学座アトリエ60文学座NEWS BLOG
by berurinrin | 2010-08-08 23:03 | イベント

文学座アトリエ60周年記念シンポジウム『時代とアトリエ』その3

集客を考えるより空間を共有する場所・・・
東京は、世界で一番芝居をしている都市だと、小田島恒志さんはおっしゃいます。
その中でアトリエは、商業系と小劇場系が同居しあっていると
例えば、1982年鵜山仁さん訳・演出作ヴァーツラフ・ハヴェル作『プラハ1975』(112作品目)
を上演したというのがすごい!と小田島さん。
このハヴェル氏という人。当時は、反政府運動の指導者だったそうで、本国では上演禁止という
かなり過酷な状況下での企画だったと聞いたことがあります。
ちなみに鵜山さんのアトリエ初演出作品です♪

アトリエ60周年記念ということで
それぞれの作品の紹介を各演出家の方がお話して下さいました。
トップバッターは『トロイアの女たち』
演出は松本祐子さん。
「他者が自分より、良いものを持っていたら妬む」
「自分の子の方が可愛いと思った時点で争いが起こる」と、祐子さん。
なんと日常の中で争いの種が、撒き散らかされているんでしょうね。
お話は、まさに戦争に負けた敗戦国の女達が理不尽なままに翻弄されていく姿を描く作品ですが
祐子さん曰く「現代でどう響き合うか?きっと力強い作品になると思う」とおっしゃいました。

第二弾は『カラムとセフィーの物語』
演出は高瀬久男さん。
原題は「Noughts and Crosses」という、○×ゲームを意味してるそうです。
近未来のお話で、黒人と白人の人種差別。黒人が支配し、白人が奴隷という
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』がモチーフの作品だそうです。
人種差別が主流にありますが、「社会的アピールだけでなく、芝居の醍醐味がある」と高瀬さん。
差別など、どこから生まれるか?作品としては力強い想像力を要求されるそうです。

そこで、翻訳家の中山夏織さんがお話してくださました。
この作品は、本国では、中高生向けに絞られた作品だったそうです。
お話も2バージョンあって、最後まで仕上げられなかったという・・
シェイクスピアの現代版であり、彼らのスピードをどう表現するか?!
日本の中高生もそうですが、イギリスの中高生達も迷える世代なのかもしれませんね。
でもって衝撃作であるそうです。
一番大事なものを大きく捉える。
今の時代に必要な事かもしれません。

人種差別・・という事で、小田島さんから
以前『欲望という名の電車』をイギリスからのお客さまとご覧になったそうで
その時に、顔を黒く塗っている俳優の姿をご覧になって、すごく違和感を持たれたそうです。
でも日本人が演じているんですから、黒人の役であれば・・と思うんですけど
イギリスでは、そういう事はしないと。まぁ黒人の方がいらっしゃいますから・・
これも人種差別的要素を含んでいると思われても仕方ないことかもしれませんが・・

その流れで、小田島さんが翻訳された『GHETTO/ゲットー』
この作品は、ユダヤ人収容所での過酷な状況中でギリギリに生きる人たちのお話でした。
で、ご覧になった方が
「日本人はいつまで被災者的視点でみているんだろう・・」と言われたそうで
ちょっと作品が素晴らしかっただけに、ちょっとショックでもあったんですが
でも見方の違い、感じ方の違いに、面白いエピソードを伺いました。

第三弾は、『ダーヴィンの城』。
演出は、高橋正徳大演出家。
ロスジェネ世代とか就職氷河期とか、日雇い労働者や阻害されてネットに逃げ込んで
暴力に走ったり、秋葉原で起こった無差別殺人など
リアルが充実して、“リア充”というよくわかんない(笑)ノリ君ですが
小さな世界を守る為に戦う・・
まさに今の時代の諍いが、作家の鐘下辰男さんとノリ君のタッグで観れることは
本当にラッキーというか「楽しい話にならないでしょう」とゲストの鐘下辰男さん
ノリ君の世代と60.70年代のヒロイックな戦いをウチゲバ世代を同世代とか
様々な世代の中でどう対立していくかが楽しみだとおっしゃいます。

年齢層が90代から10代まで居る劇団は、日本には殆ど無いそうで・・そうですよね。
紀元前から21世紀の東京?!という3つの作品の時代設定。
演じる幅が80歳の中で、いろんな議論が出てくるのが楽しみであり
やはり作・演出が別々、もしくは翻訳あって
様々な視線がぶつかり合うことを楽しみにしていると高瀬さん。

以上で、レポは終了です。
なんか相変わらず上手くメモが纏まらなくてすみません。
最後の質問コーナーで、欧米の批評と比べて甘いのでは?と山口宏子さんに質問がありまして
山口さんからは、批判するには、筋立てをきちんと載せる責任があるし、
その為には、掲載する文字数が確実に少ないとおっしゃっていました。
そして10年後50年後を経て、誰かが過去を調べた時に記録として残る事を念頭に置いているとも
おっしゃっておられました。
わたしも微弱ながらも同意見でありまして
もし好きな俳優さんが現れて、ネットで調べていく内に、わたしのブログが引っかかって
その無責任なわたしの文章で、その方の心が乱されたら申し訳ないと、それはいつも
気にするように心掛けています。
改めて心します。

終了後は、金内喜久夫さんの音頭で決起大会が催され
アトリエにご出演される座員の方々と楽しい交流会がなされたのでした。
いやぁ濃密な時間でした。楽しかったぁ~!!

あ~参加したかったとおっしゃる皆様!!
まだまだアトリエ60周年記念のイベントはまだまだ続きますよ!!
by berurinrin | 2010-08-08 22:33 | イベント

文学座アトリエ60周年記念シンポジウム『時代とアトリエ』その2

上演中の野田秀樹さんの『ザ・キャラクター』をご覧になったという高橋正徳さんから
「野田さんが、圧倒的に先に行っていて一人圧勝しているのではないか?」と

そんな高橋さんご自身を振り返って
いわゆるゼロ世代といわれる、平田オリザさんを主流としたアゴラ発の若い才能が
今や開花してる状態。そんな彼らと同世代を生きるノリ君。
わたしは、あまり古典から繋がってくる文化性というか言葉の美しさを感じない作品群に、
残念ながら、実はなかなか興味が湧かないのですが・・
ちなみにゼロ世代については、発売中の「悲劇喜劇10月号」で特集記事があるので
興味を持たれた方は、読んでみると面白いかもしれません。
強烈な個性を持った彼らの言葉は、時にふてぶてしさも感じますが
色んな制約やタブーを越えて、自身のスタイルを作り上げている彼らの言葉は刺激的です。
さて、そんな彼らとは違い10年間は、「丁稚奉公の10年だった」とノリ君。
西川信廣さんや鵜山仁さんら劇団の先輩の演出助手や時にスタッフとして
現場で常に演劇的言語に溢れた場所に身を置いていたと、おっしゃいます。
同じ演出家でも高瀬久男さんと松本祐子さんの演劇の正解は違うし
「色んな正解の中で、自分の正解を模索する」
アトリエの50周年記念で上演された高瀬さん演出『マイ・シスター・イン・ディス・ハウス』に
衝撃を受けて、文化庁の在外研修で英国に留学されていた祐子さん帰国第一弾
ぺンテコスト』(アトリエ169作目)では、
兵士として出演もしたノリ君。そしてこれまたこの作品に衝撃を受けたそうです。

祐子さんからは、バブル経済が終わってコンピューターが入ってきて
どんどん元気がなくなって、つくづく文学座は前衛でないと思ったそうで
色んな表現の時代を経てきて、それらは本当に信じられるのだろうか?
古い物語が好きで、時代と逆行している?そんな、祐子さんの発言は
アンテナを張り巡らせてるからこその不安感を持たれてるのか?
なんかとても共感が持てました。
1990年代は、祐子さんにとって丁稚奉公の日々。
思えば時給100円にも満たなかったそうで、これまたびっくりしましたがf(^_^;)
鵜山さんらの演出助手を経て、2000年に独り立ちした祐子さん。
エンタメだけでなく、幅広く色んなものが観たいという意識が減っているのではないか?
と、今の観客についておっしゃいました。

アトリエの会の上演については、文学座の座員の中で構成されているアトリエ委員会で
企画されるそうです。勉強会や自主企画なども申請して許可が出れば
アトリエを使うことが可能となるそうです。

小田島恒志さんから「台本を読んでも解らなかった(笑)」と、
中野志朗さん演出作『崩れたバランス』(194作目)上演されて初めて意味があることが
解ったそうです。
そんな小田島さんから、最近は翻訳者の紹介をしない。
もしくは曖昧にしている公演が多いとおっしゃいます。
翻訳という作業は、ただ訳すだけではなく
原作に対するリスペクトがあり、原作者の意図を汲み取って、自分の言葉に置き換えていく作業で
翻訳者のご自身の解釈が入っているそうです。
なので「文学座は翻訳者の名前をちゃんと明記してあるのが、ありがたい」・・と
「作者はこう思っているんだろう。と現地で上演しているような雰囲気で訳している」

また山口宏子さんからは、批評家としての視点でのお話。
日本の新聞は、批評が少ないとおっしゃっておられました。そして文字数が少ない。
例えば夕刊でいうと約400万部、人口の約100人中一人が読んでる計算になり
アトリエが20日間の公演で、約3,000人の動員だとすると
つと演劇に関しては、劇場に足を運ぶ方よりも批評を読む方が圧倒的に多いと
おっしゃっておられました。
批評として紹介できるのは、月に3~7本程度。
なので山口さんのフィルターを通して、これはよかったとか、大きく残ったとか
劇場に観にこれない人たちに向って、新聞という開かれた場所で
何かを伝えたい・・そういう気持ちがモチベーションになっているそうです。

祐子さんが、新国立劇場で演出のお仕事で呼ばれた時
当時の芸術監督の栗山民也さんから「朝日(新聞)の山口さんが、良いって言ってたから」(笑)
当時、アトリエの会で祐子さん演出『冬のひまわり』(164作目)をご覧になった山口さんが
「若手で元気のいい演出家はいないか?」と栗山さんに聞かれ
祐子さんのお名前を出されたというエピソードを聞かせて下さいました。
by berurinrin | 2010-08-08 16:24 | イベント

文学座アトリエ60周年記念シンポジウム『時代とアトリエ』その1

文学座アトリエ60周年記念シンポジウム『時代とアトリエ』
  ー芝居を通してみえるこの世界ー                 in 文学座アトリエ(7/27)

文学座アトリエ60周年企画3作品連続公演のイベントの一つ、シンポジウムに参加してきました。
入り口では、アトリエの会に出演される俳優の方々が迎えて下さいまして
A4版の7ページにわたる<「アトリエの会」上演歴>の資料を頂きました。
司会は『カラムとセフィーの物語』の演出をされる高瀬久男さん。
そして『トロイアの女たち』を演出される松本祐子さん。
そして『ダーヴィンの城』の演出される高橋正徳さん。
ゲストは、早稲田大学教授・英米翻訳家の小田島恒志さんと朝日新聞論説委員の山口宏子さん。
以上のメンバーで約2時間程のシンポジウムスタートです。
相変わらず、メモメモカキカキ状態でのまとめなので
勝手な解釈だらけですが、そこんとこよろしくお願いいたしますm(_ _)m

最初に高瀬さんから、記念公演については、20年前の1990年のアトリエ創立40周年から
始まったそうで、それ以前は記念公演はされていなかったと、びっくりのお話から
創立40周年の演目は『グリークス』アトリエ前面に砂を敷き詰めた舞台で
吉川徹さん、鵜山仁さん、そして高瀬さんと3人による演出だったそうです。
頂いたリーフレットを見ると、アトリエ136本目」に当ります。
そして、50周年は『マイ・シスター・インディス・ハウス』(高瀬久男・演出)
『エレファントマン』(北則昭・演出)『ザ・ウィアー<堰>』(鵜山仁・演出)
の3本の作品をランダムで上演していくレパートリーシステムでの上演だったそうです。
で、これらが167本。
そして今回で3回目・・意外と記念公演は最近になってからだったんですね。

山口さんとアトリエとの出会いは、1990年代だったそうで
印象的なのは、空間の面白さと温かさとおっしゃっておられました。
アトリエというものを作り出す場所。
出来上がる過程を大切にする温かさがあると・・
そして演劇を勉強できると言われました。それはその時代々の最先端の流れを感じられるそうで
例えば60年代は、フランス演劇。70年代はつかこうへいさんの作品。
そして「なにより演出家が沢山いるという事がわかる・・」

小田島恒志さんは、第一声が「すみません息子の方です(笑)」と、掴みはオッケー!
小田島さんが小学生だった60年代当時のお話。
夏休みになるとお友達は、お父さんの勤める会社の保養所に遊びに行くなか
父親に「文学座海の家」に連れていかれたそうです(笑)
小田島さんご自身はアトリエでのお仕事にまた関わってはおられないんですが
高瀬さんや鵜山さんと外部でご一緒にお仕事されておられました。
アトリエで印象的なのは、ベテランと新人が一緒に芝居を作っているのがすごい!と
そして1997年『寒花』が面白かったそうです。
アトリエで上演されながらも杉村春子さんが、ご出演された『華々しき一族』が
アトリエの会じゃない。と素朴な質問をされていました。
すると高瀬さんから
過去から本公演としてアトリエで上演されることもある。と、おっしゃっていました。
逆に「外部の方から見て、アトリエの建物、空間とかどうだろう?」と尋ねられた高瀬さん。
「自由な感じ」とおっしゃったのは山口さん。
次にアトリエに来た時に、どうなっているんだろう?とわくわくするとおっしゃっていました。
そこで例えて言われたのは『犀』の舞台セット。
『犀』のセットは、アトリエのロビーを抜けたら舞台セットがあって、観客は舞台セットを踏み越えて
客席に向いました。
その『犀』の演出をされた松本祐子さんから、舞台セットについて
「奥行きのある世界を作りたかった」そうで、美術を担当された乘峯雅寛さんと
「お客さまが入ってくるときに、この空間の中に入ってこれる」それを形にされたそうです。

アトリエに入る時、必ず目に入るのは下駄箱ですね(*^_^*)
もちろん今でも現役で使われている下駄箱。
よーく見るとちゃんと名前が入っているんですよ♪
お目当ての方の下駄箱を見つけるのもアトリエの楽しみの一つでもあります。
わたしもいつも鵜山さんの下駄箱を見てはニマニマしています(笑)
見てるだけですよぉ~触ってもいないし、手紙なんかも入れてませんよぉ~!!ぷぷぷっ
その下駄箱について小田島さんが「お風呂屋さんみたい(笑)」
それも玄関のような入り口の佇まいに、初めてアトリエに入ったときに「思わず靴脱ぐんですか?」と
聞いてしまったそうです。

1971年、それまで三越劇場と同じ舞台機構を壊したそうです。
そして翌年シェイクスピアフェスティバルとして『トロイラスとクレシダ』『ハムレット』『ロミオとジュリエット』
80本、81本、82本目の作品となりますが、創立35周年になっていたそうで
舞台は、今と同様のオープンスペースとなったそうです。

「どれだけ面白いものを観たかの記憶が体積されている。」そう、おっしゃる山口さん。
確かにアトリエで拝見した作品は、どの作品も全て鮮明に記憶してる気がします。

そこで、山口さんから他の日本の演劇界の構図というか
流れからアトリエの立場を説明して下さいました。
約25年程前に、鴻上尚史さんや野田秀樹さん達「第三時代」・・身体独自の世界感を
体現した若者演劇という新しい演劇と一方で先輩演劇(観客の年齢層が高い)
いわゆる新劇という普通の日常のリアリティーの中に見出す芝居作りをする劇団として
文学座や青年座の名前を出された山口さん。
中でも、90年代の文学座は、着物を着てきちんと芝居をみせる。。
それが逆に新鮮に受止められたそうです。
60年代は、別役実さんの作品。
乾いた無機質にみえる別役さんの文体といわゆる新劇という両者のバランスの中で
核としてアトリエが息づいていたようです。
90年代の後半は、プロデュース公演が参入した事により
西川信廣さんや鵜山さんらの外部でのご活躍により文学座の芝居が、
じわじわ外の世界に広がってきたそうです。
by berurinrin | 2010-08-08 00:11 | イベント

『エネミイ』シアタートーク

『エネミイ』の終演後、シアタートークに参加してきました。
司会は、中井美穂さん。
出演者は、芸術監督の鵜山仁さんと『エネミイ』を演出された鈴木裕美さんです。
中井さんと鵜山さんは、スリッパ姿。
セットそのままなので、まるで直木さんのお宅に訪問されたみたいです(笑)
ちょっとトークの為に用意された椅子の配置の間隔が広いということで
動かす鵜山さん。
「芸術監督ってなんでもやられるんですねぇ」と中井さん。
以前、文学座のアトリエでイベントがあったときも、
鵜山さんは、椅子を片付けたりしてましたっけ・・・懐かしいなぁ~


今シーズンは「戦い」をテーマに、シェイクスピア『ヘンリー六世・三部作』、別役実さん『象』、
井上ひさしさん『東京裁判・三部作』そして最後は、蓬莱竜太さんと
鵜山さんの新国立劇場演劇芸術監督としてこれが最後の作品となります。
「最後は若者で締めくくったのはなぜ?」と聞かれた鵜山さんは
バトンタッチというか、裕美さんを含めて若い世代の人たちに
次に繋げる人に世界を作ってもらいたいと思われたそうです。
「何かが終わるというよりも、続くという思い」
ぜひ蓬莱さんに新作を・・というお気持だったそうです。
鈴木裕美さんは、蓬莱さんとは3回目のお仕事だったそうで
このお話を聞かれた時に
「気の毒なりぃ~蓬莱さん大変だろうなぁ~」と思われたそうです。
「鵜山さんからは“いじめ”というお題だったし(笑)」
「いや、“戦い”“戦い”!」と、たじたじの鵜山さん。
執筆に関しては、ほんとうに大変だったようで、鵜山さんに自覚はあるんですか?と
突っ込む裕美さん
「“なぜ人は戦うのか?”というのもあって、その上なにより1968、9年を書いて
くれって、えっーて思ったし、33歳の蓬莱さんも相当苦しまれた」
「くどくど細かい事を言う方じゃないと思うんですけど・・」と鵜山さん
当時、高校生だった鵜山さん。ど真ん中世代というよりもちょっと後方側?!
「後追い経験していたような気がする」とおっしゃいます。
なので、表現するには、言葉が足りないという思いがあって、
後の世代の人からみてどう総括してくれるのか?
別の角度から照明を当ててくれるのか?
鵜山さんご自身が68.9年がどういう年だったのか?
どういうポジションにいたのかを改めて蓬莱さんや裕美さんに教えてもらいたい
「・・いじめって・・というより、そういう感覚で頼んじゃった」
結果、こういう物語が出来たのは、蓬莱さんのオリジナリティだそうです。

すごく大変で、かなりギリギリな状態で書き上げられた脚本・・
「11稿位書いてるんじゃないか」と裕美さん。オファーは約一年半前。
第一稿が仕上がったのが数ヶ月前。エンドマークが出ていない状態で
鈴木さんと制作の方と蓬莱さんと三人で、合宿のような長い長い打ち合わせをされたそうです。
それは前日から始まって朝8時解散で、13時集合みたいな(爆)
なかなか方向性が決めかねた・・というか、落とし所が見つからなくて
蓬莱さんが、すごく真面目な方で、作家によっては題目を無視しちゃう方もいると思うのですが、
「誠実に答えようとしたあまりに悩んでしまった・・」と、鈴木さん。
主にそれは68.9年の学生運動に対して言う権利があるのか?とか、
言うべき言葉があるのか?とか、そのオファーに登場人物達が、どういう言葉で発するか・・
それらを見つけるまでに時間が掛かったそうです。
こんな風に考えちゃえばいいんじゃない?と鈴木さんがアドバイスしても
当の鈴木さんご自身も、
「聞いたことはあるけれど、なんとなく見たことがある程度。
実際に体験した鵜山さんとは違う」とおっしゃいます。
とはいえ鵜山さんも「実際にやってましたと言いつつも・・・」
TVで観たような事を高校でやっていただけ・・とおっしゃいました。
バリケード封鎖があって、卒業式がなかったり、学校の機能が麻痺して・・でも、それが運動なのか?
学生運動してましたって、何をやっていたのか定義が難しい・・

また鈴木さんや蓬莱さんとも違う高橋一生さんの台詞
「角材(かくざい)↑」「角材(かくざい)↓」の読み方は、そのまんま生まれたそうです。
また「三里塚ってどういう字?」という台詞も、そのまま蓬莱さんの言葉だったそうです。
また、逆もあるということで、ゲームのシーンで「ログイン」という言葉など・・
携帯を持たない方など、あらゆる世代の方がいらっしゃる。

で、ここで、ほぼ同世代の高橋長英さん、林隆三さん、瑳川哲朗さんが参加されました。。
「僕が一番若い!」BY林さん(笑)
この作品は、闘争自体がテーマでなくて、それに係わった人間が40年経過し、
その40年の中で色々経てきた人間のお話。
たまたまある年齢に達した時に安保があって、これ自体を描こうとした芝居でない・・
と、瑳川さんが解説をして下さいました。
「ネットゲーム・・やったことありません(笑)」
高橋さんが稽古場に持ってこられて、みんなでやってみたそうです。
そんな芝居そのものが新鮮で初体験だったそうで、
「我々はもっと自信を持って良いんだ」とおっしゃったのは瑳川さん。
こんなベテランの俳優さんでも不安な時があるのかなぁ~とびっくりしました。
「なかなかこう難しい役で、先は長いなぁ~と思っていますが、なるべく早く
初日を出したい」BY林さん
「蓬莱さんも裕美さんも初めて」と、長英さん。
こういう作品になるとは思っていなかったそうで、もっとふぁ~とした感じになると
思った(ヘンな意味じゃなく)と思われたそうです。
「最近になって面白い本だなぁ~」と
ブレヒトを例にとって、演じる悲劇の場面の前を通行人が現れて舌を出してぶち壊す
みたいな構造になっていて面白い。世代間の違いもあるしギャップもあるし
それを生かされていて新鮮だとおっしゃいました。

「ゴキブリ~!」って、カルチャーショックだったと瑳川さん
芝居とか戯曲の観念が全く違っていてびっくりされてそうです。
今までは、文学性が高く、センテンスの長い台詞が多く日常的な世界が
なかったそうで、日常にもドラマが潜んでいて、それが展開して
ちゃんと人がかかわっている「今まで何を見てきたんだろう(苦笑)」

冒頭、暗くなって戦いの音と映像が流れて『エネミイ』のタイトルが出ますが
これらは脚本にはなかったそうで、稽古の途中で決まったそうです。
そんなに早い段階で学生運動について語っていないので
世代によっては、台詞の匂わす言葉で理解できる人もいると思うけれど
映像を流すことによって、ドラマの裏側にはありますよって
あの映像で、ヘルメットや角材を持ってタオル姿の絵を見たら・・20代でも
理解できる方が多いかなぁと思われたそうです。

「なんでもないような男の子が、ぐっとこさせる演出が良かった」と中井さん。
「高橋さんのような若い方とかが、男の子から瞬間に大人の男を垣間見える」
「そういう男の子が好き」と裕美さん。
キッチンの換気扇の下で、煙草を吸うシーン。
「お三方も男の子に見えるといいな」
背中を丸めて煙草を吸うシーン可愛かったですね。
男の子に見えましたよ♪

ここで鈴木裕美さんが、次のお芝居のお稽古に行かれるという事で早退されました。
で、しばし静かだった鵜山さん。
「さっき“お三方”って言った時、“おっさんがた”って聞こえた」
ちょっと得意げで嬉しそう・・だじゃれお好きですから鵜山さん♪
で、残られたのは、司会の中井美穂さん、芸術監督の鵜山仁さん。
そして“おっさん方”高橋長英さん、林隆三さん、瑳川さん。
(ちなみに鵜山さんは“おっさん方”には入りませんからっ!!)

「若い頃からギャップのある役が多かった」と、おっしゃったのは林さん。
お若い頃から極端な役が多かったそうで、今回の瀬川さんの役作りについては
60年安保に関する本を読んだりされたそうです。
長英さんとは同期だそうで、当時のアンダーグランドの自由劇場で
ベトナム反戦やベトロックとかやってると、角材を持って乗り込んできた
あの頃のは芝居的演劇的な熱さがあったそうです。
そんな林さんの学生時代はノンポリで、運動とは遠いところに居られたそうです。
とはいえ、林さんのおっしゃっている事がよくわからず・・・
なんとなくイメージで浮き上がってきたのは、昔TVで観た
『シーザス・クライスト・スーパースター』というミュージカル映画。
繋がりがあるのかあるのか?ないのか?判らないんですけど・・・むむむ。

「台詞の数は多くないし「...」が多い」と、ゆっくり語って下さるのは長英さん。
何で会話がないのかなぁ?と、当初思われたそうです。
どんな芝居でもそうかもしれませんが・・とサッカーに例えて
コミュニケーションっていうのは、パスを出して、また出して・・・と、芝居もそう
「・・・」で「あ~」とか「う~」とか、パスをもらって、たとえ会話が無くても良い。
このお芝居の独白は楽だったそうで、でも一人じゃ難しいとおっしゃいました。
一人じゃ覚えられないけど・・相手がいて、リアクションによって覚えられたそうです。
「うまくパスを出したとき、受けた時の快感は楽しい
これからもいいパスを受けられるように頑張ります」
この家庭について、りっぱな家だけど内容がズレてる・・そうおっしゃいました。

「このポスターを決めたのは鵜山さん?」と司会の中井美穂さん。
「決めたっていうか“はい”と言った(笑)」
なかなか刺激的なポスターでしたよね。
おめめ(笑)だげが、風船をじっとみてる・・そんな構図。
「やっぱバランスがおかしい・・(目が)凝視しているものが風船だったり
ものをどの方向から見るのか?自分のものの見方も
なんか片寄ってるのかなぁ~と思って“はい”と言っちゃった」
凝視している目を映画『アンダルシアの犬』の映画の冒頭のシーンを例えておっしゃっていました。
あの女の人の眼球をぱーっと切っちゃう、びっくりしちゃうシーン。
わたしには理解不能でちょっと受け入れられない映画でした・・・
「目の前にある風船がいつ爆発するかわからない
そういう焦燥感とか恐怖とか不安感とかあらわしている」と長英さん。
すると鵜山さん
「長英さん、(『エネミイ』を)逆に読んだら「意味ねー」って(笑)」
「台本が出てこないから意地悪をいったんですよ」BY長英さん。
瑳川さんからは、作品の出来る工程がかなり楽しかったそうで
と、いうのは・・芸術監督からテーマを出され
一つの芝居が出来る流れが興味深かったと話されます。
テーマを出して、セレクトして・・という手法があまりないそうで
大抵が劇場が企画して、それに乗っかっていく事が多いそうです。
鵜山さんの場合は、完全に自分の意思を出して本を作らせる。
これらが、本来の芝居作りの形なのではないか?!
でも実際は上手くいかない。
これが上手く行ったら、鵜山さんの思いのエネミイの世界じゃないかと思う。
ご自身をアナログ世代とおっしゃる瑳川さん。
今の時代を否定するつもりはないとおっしゃりながらも
本来持ってる値打ち、あるいは生産すること・・人間の根本的な
考えに共感できるし、より値打ちがあると思う世代。
芝居もアナログで「...」は難しい。喋っている方が楽。
これだけ間が多いとどうするんだ?!演技で俳優が生きることは
大変な問題でどう客に伝わるのか最後の仕事。
「鵜山さん、えらいの提示してくれたね(笑)
鵜山さんへの仕上げみたいになっていくので力を合わせていきたい」
すかざす林さん「まとまりました」

ここからが質問タイムです。
「自分はこういう役は出来ない役ってあるのですか?また女性らしいなと思う演出だと思いましたが・」
お三方だから聞ける質問ですね。
で、オペラ『鹿鳴館』をご覧になったそうで、鵜山さんを天才と褒めて下さった素敵なお客さまです。

長英さんは「この年になると、寂しいことにとんでもない役はこない」
オールマイティの部分は、基本的に役者としての幅を持っていたいので
色んな注文をもらいたい。とおっしゃいます。
林さんは「楽しい役しかやったことがない」
極端な役柄が多いそうで、ギャップを埋めるのが楽しいそうです。
瑳川さんは「やった事のない役が出来るのは楽しい」
劇中にディズニーランドから帰って来たシーンで、ミニーちゃんの耳を
付けて登場されましたが、ご自分はなんでもできると思っちゃうそうです。

鵜山さんから
「女性の演出は多少気を許してみられる許容できる人間なので
男性の演出は、どうも反発したりけちを付けたくなる(笑)
自分が企画しても女性の演出は、どうも気が許せて
ここはどういう意味なのかなぁとか、どういう感覚なのかなぁとかなり親切に観てる(笑)」
はーそういうもんですかねぇ~
で、『鹿鳴館』については、三島作品の独特の文体と付き合う機会が
とても楽しかったと感想をおっしゃっておられました。

で、最後に一言つづ
長英さん「今回の芝居は、年齢層が高くて、若い芝居。
稽古場で若い人たちと交流したことが刺激になった」
長英さんが苦労することを楽々とクリアしちゃう若い人たちの感覚を
まぶしそうに語って下さいました。
林さんも、若い人たちとやるのは刺激になるそうです
「3年ぶりの芝居で、それじゃあだめだと思った。積極的に芝居をしたい」
瑳川さんからは、TVが人の考えやものの見方を変えた。
「物心ついた時からTVを観てドラマを見ている彼ら若い人たちの芝居は
なんてナチュラルに出来るんだろう?!」
ご自分を振り返って、
「活字からイマジネーションを作って形にして自分で何かを作り出すことの不安もあるが、
アナログ世代の良さを感じる芝居作りを続けて行きたい」

最後に鵜山さんから
「世代間のギャップについての芝居を違う世代でやってる
語り合ってる経験ってつぶさになくて多分、僕が梅沢さんと同じ世代に間に入ってかならんだと思う。
芝居を始めた頃はうるさくて仕方のない兄さん世代でしょう、テント世代って脅威ですよ。
今や若い人たちのテンポを考えさせるコミュニケーションが下手。これはなんとかしなきゃならない。
どう言葉にするかトライしてるわけで、コミュニケーションをとる為にしみじみ考えますし、
企画というのはバランスが大切。
リスクテーキング、チームで思い描くような瞬間演目、そういうサスペンスを共有することはいいこと。
今後とも宮田慶子さんによろしくお付き合いください」

さて、以上でレポは終了です。
お付き合いありがとうございました。
いっぱい私見も解釈も入っておりますが、お許しください。
これで鵜山さんが芸術監督としてのシアタートークも最後となりました。
ちょっと寂しい気持ちもしますが、生の声を聴いて思いを語って下さる貴重な時間。
この三年間、あっという間。楽しい時間を過ごせて本当に本当に嬉しかったです。
by berurinrin | 2010-07-20 23:48 | イベント