『その行間まで、100km ~東京T区母子餓死日記を読む~』

文学座+青年団自主企画交流シリーズの第二弾 
『その行間まで、100km ~東京T区母子餓死日記を読む~』
 
作・演出 斉藤祐一

照明  坂口美和

1996年に実際に起こった事件です。
それはアパートの一室で母77歳、息子41歳が死んでいるのが見つかったそうです。
所持金28円。死因は餓死。
同じ頃、高校生の板倉亮一さん(畑中友仁さん)は、いたって普通の高校生。
ただ、ちょっと友達付き合いが苦手で、人ごみが苦手で・・・そんな平凡な高校生活。
二つの世界の日常が交差します。

平成の時代に、それも東京で餓死で亡くなる人がいたなんて
そんな痛ましい事件が実際に起こった事が、信じられませんでした。
切ないことです。
自ら命を捨てる事をせず、餓死で亡くなるまで
母は10冊の「覚え書き」と書いたノートを残していました。
当時、大変なニュースとなったこの事件。
行政の問題にまでなったそうですが、この事件の背景を明らかにするため
(行政には落ち度がなかったぞ、と)この母の残したノートを
一般公開とい形で出版されましたが、早々にプライバシーの問題ということで
絶版となったそうです。
今、入手したこの絶版になった本を傍らに置いています。

舞台中央に引き戸があって、親子のエピソードの度に引き戸が開け閉めされ
引き戸の中では母(鬼頭典子さん)と寝たきりの息子(近藤強さん)の日常の生活が
営まれ、交代で俳優達が母の日記を読み上げていきます。
引き戸が閉まる音が響き、閉鎖的なひとつの世界・・
母子が社会から遮断されているような状況が、否応無く感じさせられました。

この母を演じたのは、鬼頭典子さん。
この前にはミュージカル『ピーターパン』にご出演だった彼女は、頭を白く染め
腰を曲げ、足を引きずり、社会と断絶し寝たきりの息子と二人の世界で
生きています。最後の最後に「覚え書き」を書きながら語る彼女の言葉には
恨みもなく、あるのは一つの願い・・息子と一緒に死なせて下さい。
淡々と演じた鬼頭さん見事でした。

高校生・板倉亮一さんのつぶやきは、当時の斉藤祐一さんが
想いのままに書き留めていたノートから引用していたそうです。
学生服をあわてて着替える時に、ドリフの番組の音楽を口ずさんでいたり
コカコーラよりドクターペッパーが好きだったり
帰宅部で自転車に乗り過ぎて、痔?!になってしまったり(苦笑)
お祖母ちゃんに甘えたり、何の問題もない普通の家族の
普通の高校生のエピソードが綴られていきます。

板倉さんの学校の生活指導の先生は露口先生(吉野正弘さん)
前回『エスペラント』でも高校の先生でしたね(笑)
この先生も実際にモデルが居られたそうです。
露口先生は、突然学校からいなくなってしまって
なんといったらいいか?!住所不定の放浪の身?!
屈折した人物ではありましたが、板倉さんの前では素敵な先生でしたね。
お互いを必要としていた先生と生徒の関係がほのぼの伝わりました。

露口先生と同僚の教師と板倉さんのおばあちゃんを演じられたのは
八十川真由野さん。正義感があって、きゃぴきゃぴ(当時の言葉でいうなら)した
先生とおばあちゃん?!両極端の人物を、見た目の扮装の変化でみせるわけで
ないのに、メリハリよく演じ分けてしまう上手さ・・・さすがですね。

ルーズソックスの女子高生から女医さんまで演じ分けたのは
大西玲子さん。43期文学座研修科卒業生です。
現在はフリーで頑張っている玲子ちゃん。
彼女の瑞々しい演技は、何処にいても愛らしく胸に響きます。
どうぞ今後の活躍を見守ってあげて下さいませ。

今回は演出に徹した斉藤祐一さんは、お芝居には出演されないものの
前説では、学ラン姿で登場し、歌を歌ったりモノマネしたり、ちょっとさぶい(笑)
ジョークもありで、会場を沸かせてくれました。
それにしても、作家・斉藤祐一さん、描写が細かい(笑)いやマニアックな(笑)
いやいやすごいです。ほんとすごい!
この細やかな視点が、あの頃あの時代の自分自身の思い出が蘇えって
すごく懐かしい気持ちとその頃にこの痛ましい事件があったことに
改めて驚きもいたしました。

この日、サイスタジオの入り口で遠目からでも美しいオーラを
放っておられたのは佐古真弓さん。本当に美しい女性です。
でも面白いさばさばした気取りのないところがとっても魅力的なお方です。
階段をとんとんとんと、降りた所の受付けには、
上田桃子さんと藤崎あかねさんがお手伝いされていました。
とても素敵な頑張り屋さん達です。

10/2(火)~10/8(月)  in サイスタジオコモネAスタジオ
by berurinrin | 2007-10-09 21:09 | 観劇感想
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