シェイクスピアコンペ学芸講座『シェイクスピア戦記―演出家・鵜山仁さんに聞く』その1

<ぶんげいマスターピース工房 シェイクスピア・コンペ>
学芸講座『シェイクスピア戦記―演出家・鵜山仁さんに聞く』 in 京都府立文化芸術会館(10/30)


講師   鵜山仁
聞き手 平川大作


鵜山さんと平川さんとなれば、最近では『モジョミキボー』!ちょっと前なら『コペンハーゲン』!
どちらも話題作だったし、素晴らしいし大好きな作品です。
『コペンハーゲン』なんて、なんの話をされてるのか?さっぱり判らない理論物理学なのに
どきどきする緊張感、めっちゃすごい作品でした。
さて、そんなお二人の馴れ初め(笑)というかきっかけは、2005年にオープンした
兵庫県立芸術センター(杮落としも鵜山さんが演出された『朱鷺雄の城』でしたね)の一環で、
建築前に、ソフト先行というか、海外の新しい戯曲を20数作品を平川さんが翻訳され、
その中で鵜山さんが演出された作品があったそうです。

鵜山さんの過去をさかのぼってお芝居とその折々に関わったシェイクスピアについて
お話をして下さいました。
シェイクスピアだけでなく色んなエピソードを交えてお話して下さったのですが、
勝手にはしょったり、勝手な解釈満載ですがお許し下さい。

反戦劇『マクバード』(バーバラ・ガーソン)や『袴垂れはどこだ』(福田善之氏)を上級生が上演し
『ヘンリー四世』(ピランデルロ氏)や『友達』(安部公房氏)『ジョルジュダンダン』(モリエール)を
演出しつつ自ら主役を演じられたという楽しそうな(笑)学生時代を送られた鵜山さん。
バーバラガーソン作『マクバード』というのは、シェイクスピアの翻訳家といえば小田島雄志さん!
小田島さんの初期の翻訳の作品で、題名からピン♪とくると思いますが
シェイクスピアの『マクベス』をベースにして、
アメリカ大統領ジョンFケネディに置き換えた創作劇だそうです。
そして、台本として意識して読んだシェイクスピアは、
高校生の頃『ベニスの商人』が初めてだったそうです。
当時、自室の壁に芥川比呂志さんの『ハムレット』の写真を貼っていたそうです。

高校を卒業して、上京してきた70年代には、渋谷ジャンジャンを拠点とした
シェイクススピア・シアターが活動を始められた時期だったそうで、
ほとんど舞台セットのない空間で、出口典雄さんが演出され全37本上演されたそうです。
「ジーパン・シェイクスピア」と呼ばれたそうで、小田島さんが月一本程のスピードで翻訳したものを、
次から次ぎへと連続上演されていたそうで、通常だったら約3~4時間掛かる作品が2時間強位で
すごいスピードで、シェイクスピアの世界を征服していった感があったそうです。
その頃は、つかこうへいさんが、舞台で「ぶす」と言ったり
いままで舞台でしゃべれなかった言葉が、しゃべれるようになっていき、
劇場に行けば、新しい発見、ものが見えたそうです。
つかさん繋がりで、つかさんの舞台『ストリッパー物語』に裏方で付いた事があったそうで、
打上が京都で先斗町(ぽんとちょう)に生まれて初めてお座敷に上がって、
つかさんにビールを次いで頂いたという、貴重なエピソードを語って下さいました。
鵜山さんも24歳で文学座に入って5年間位は、下積みを経験されたそうです。

昨年、鵜山さんが新国立劇場で上演され超話題作となった『ヘンリー六世・三部作』は
日本で2回目の上演で、公式では日本で3回上演されているそうです。
初演はシェイクスピア・シアター。今年上演された蜷川幸雄さんは三回目。
蜷川さん版『ヘンリー六世』は、新訳でしたが、鵜山さん版は、小田島さんの訳で上演されました。
その意図を平川さんから聞かれた鵜山さんは、
あるハードル感というか、今の普段の日常の言葉とちょっと違う。
小田島さんが翻訳された当時の日常の言葉との微妙な空気感や抵抗感に
こだわってみたかったそうです。

鵜山さんが演出されたシェイクスピア作品ということで、配布されたテキストは、
「赤旗」に連載された『シャイクスピアを巡る』という鵜山さんの書かれたレポートを中心に話を進められます。
純粋にシェイクスピアの演出作品というと『リア』『夏の夜の夢』『十二夜』ですが、
ほかに変わった作品で鵜山さんご自身が、アトリエで企画されたエドワード・ボンド『リア』
『リア』は去年、まつもと芸術劇場企画で拝見したんですが、すごくエグかったですf(^_^;)
フランスや本場、イギリスのRSCでも上演されたそうです。
メジャーリーグ制作で2本。
『女たちの十二夜』と『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(トム・ストッパード)
『女たちの十二夜』は、「殆ど女性でやっちゃおうと」
男性は二人(生瀬勝久さん、内野聖陽さん)以外は、女性で演じられた作品。
『ハムレット』のアナザストーリー的な『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』は、
ロズ、ギル(生瀬さんと古田新太さん)の会話を関西弁でやってみたそうで、
これらの面白いアイデアは制作側からだったそうです。
わたしは『ロズ・ギル』が大好きで、映画化されています。
(映画版だとゲイリー・オールドマンとティム・ロス)DVDも持っていますが、今は絶版かもしれません
いつか文学座で観たいです。

1998年1月、新国立劇場開場記念の三本立ての第三弾として上演された『リア王』は、
主役が山崎勉さん。当時の芸術監督の故・渡辺浩子さんの企画だったそうです。
ちなみに、この時のエピソードは、
山崎さんの著書『俳優ノートー凄烈な役作りの記録』(文春文庫)をぜひおススメします。
(この本で、わたしは完璧に鵜山さんに惚れたのでした(^^)/ )

1983年から約一年半程、フランス留学をされていた鵜山さん。
平川さんからフランスにおけるシェイクスピア劇について当時を振り返る形で伺われました。
劇作家不毛で演出家の時代で、コンクリートでセットを作っちゃうとか
本物の雪を降らせたり、始めから終わりまでらくだを舞台に立たせたり、刺激的な舞台があったそうです。
でも、ジュルジュ・ストレーレルという演出のイタリア語で上演された『テンペスタ』(『テンペスト』)や
図書館で本をひっくり返しながら演じられた『ロミオとジュリエット』を
ご覧になったようです。
「目で観て解る演出のインパクトとか?」と聞かれた鵜山さん。
圧倒的な物量の違いだとか、中でも日本とは周波数が違うから?と
照明の色の違いをおっしゃっていました。今は、日本でも、そう変わらないそうですが、
明かりの印象で、ベルリンオリンピックの時に発明されたという
HMIという水銀灯系の明かりが幅を利かせていたそうで
色温は低いけれど、かぁ~と白く照りつける明かりの中で男女のラブストーリーにしても
神経の奥の奥まで突いてくるような感じがして、でコンクリートの高い壁が背景にあったりとか・・。
あとヴァンセンヌの森に本拠地を置く太陽劇団という劇団で、よくシェイクスピアが上演されていたそうで
『ヘンリー四世』とかご覧になったそうです。
けれど、ちょっと異質というか独特の扮装をされていたそうです。

フランス語にはシェイクスピアの言葉が合わないというのが定説になっているそうです。
とはいえシェイクスピアの時代に、だんだん英語が言語として形となってきたそうです。
ヴァンセンヌの森は、ヘンリー5世が赤痢で亡くなった場所で、
そのヘンリー5世からイギリスの王様と認知され始め
それまでフランスの王様という時代があって、フランスからイギリスの見方をかえると
日本と中国とか置き換えられるし、確執の痕跡がみえるそうです。

『ヘンリー五世』は立派な王様のお話で、『ヘンリー四世』は、フォルスタッフが出てきて面白い・・で
『ヘンリー六世』というと、優柔不断で(笑)と平川さん。
すると鵜山さんが、「学問が好きで、ケンブリッジを作ったりした王様」とちょっとフォロー♪
と、ここでインターバルをはさんで、後半は『女たちの十二夜』の映像と『ヘンリー六世』のお話に入ります
by berurinrin | 2010-11-23 21:26 | イベント
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