『父と暮せば』アフタートーク in 川西町フレンドリープラザ<その1>

『父と暮せば』の終演後、休憩を挟んでアフタートークが行われました。
司会進行は、2003年に行われた国民文化祭まで、この場所にあった
演劇学校のお仕事をされていた佐藤修三さん。
ご出演は、辻萬長さん、栗田桃子さん、そして
♪会いたかったぁ~会いたかったぁ~会いたかったぁ~yes♪の鵜山仁さんです。うきゃっ、らぶです★

メモで残したものなので勝手な解釈だらけです。どうぞご承知の上でお読み下さいね。

この日は、終戦記念日そしてお盆・・。
この時期に『父と暮せば』を上演するということは、いつもの観客とも出演者とも違うのでは・・
と、佐藤さん。このお話の元となっているのは原爆ですから・・

「そのことについて、どう感じて、どう受け止められて演じておられますか?」と佐藤さんが
のこまつ座唯一の座員の萬長さんに質問されました。
すると、萬長さんから
当初から井上さんが「劇団としてこの作品を毎年8月は上演していこう」と、
ご意思があったそうですが、残念ながら上演したくても、実行できなかった年もあったそうです。
8月は、二つの原爆があって、終戦記念日があったり思いの深い月・・
今年は、地方巡演中の8月は、広島で上演されたそうです。
それも公演した翌日に式典があったような場所で・・と
「こうやってやり遂げる事が大切」と、萬長さんがおっしゃいました。

2年前に初めて参加された桃子さんは、美津江さん役がとても演じたかったそうで
本当に嬉しかった!と、おっしゃいました。
とはいえ自分の事で精一杯で、当時は全く余裕がなかったそうで、
自分の体の中に井上さんの書かれている言葉を通して、
再演の機会を与えられたので、もう少し真っ直ぐ受け止めているかなぁと
思いながら努めているそうです。
前回の公演は6月。今回は8月に広島で演じる機会があった桃子さん。
「・・そして今日15日にこういう場を頂けたということは
皆様の中にも想いが、ちょこっでも残って頂けたら・・」

司会の佐藤さんが、井上さんが亡くなられて、その後、井上さんの追悼番組などで
拾い集められたいくつかの印象的なキーワードのうちの中から
三つの言葉を披露して下さいました。
「井上さんの志を引継ぐ」
「後に続くものを信じて走る」
そして「井上ひさし、未来に続く言葉」
これらを並べてみると井上さんの遺言がわかる気がするとおっしゃいました。
で、「未来に続く言葉」ということで、NHKの井上さんの追悼番組に
鵜山さんが、ゲストでご出演された時に、お話の最中に時間がきて番組が終わってしまいまして(><)
「そのお話を含めてお話してください」と、佐藤さん。

すると鵜山さん「ちょっと、かっこ悪かったんですけど・・」と苦笑しながら
「途中で終わってしまって、何を言おうとしていたかというと・・
やっぱり戦争を語りついでいく事だと思うんだけど・・」
この中にも井上さんが“おとったん”とか、いろんな形で舞台にいるような気がされるそうです。
直接経験したことのない広島での悲劇をどういう形にして、私たちに伝えていくか?
劇中でもおとったんと美津江さんとの間で“広島の一寸法師”とか
子供たちに判りやすく伝える為に苦労するシーンがありましが
井上さん、ご自身も実際に原爆の資料を芝居の中に取り込んでいくことに
ついてとてもご苦労されたそうです。
「後にどう伝えていくか・・その言葉で実際生きたわけではないけれど
お話(芝居)として言葉で伝えていくことが、とても効果のある
それもコストのかからない抑止力になるんじゃないかと・・あの時は、言おうとしてたんです。」
でも、ちっ~ともかっこ悪くなんてなかったですよね。

そのまま言葉を繋げて鵜山さん。
「コミュニケーションがとても大切」とおっしゃっいました。
実際にはその場にいなくても、追体験するように想像力を
働かせて体験することが出来る。そうする事によって、過去を生きる体験をすることで、
多少は賢くなって、今という場所が
だんだん生きやすくなる場所になっていくんじゃないかなぁと
井上さんから教えてもらったような気がするそうです。
そういうこともこれから先も受け継いでやっていければいいんじゃないかと・・
特に今日はお盆・・
「亡くなった方が戻ってくれる日なので・・」と鵜山さん
『父と暮せば』は初演から16年。井上さんを含めて色んな出会いが
お芝居を通じてあったそうです。
「特に井上さんの事を思わずにはいられない」とおっしゃりながら
「2人だけの芝居ですけれど、登場人物がどんどん増えていくような気して心強い限りです。
今後ともよろしくお願いします」

『父と暮せば』で使われている広島弁は、原爆が落ちた当時の言葉を
使われいる為、広島県での公演中に「方言が、ちょっと違う」と現地の方に言われたそうです。
萬長さんから
「井上さんから言われた言葉で、もっと大きな何倍もの威力のある原爆が
落ちたとしたら、その時点で、方言がなくなる。
人間の持っている文化で一番美しいのは言葉で、その言葉の中でも
方言は、その地域にしかない美しい言葉。
その失う悔しさを思うように、美しい方言、言葉でしゃべってくれ」と
現地では違う言葉と言われても、それは覚悟の上で
みなさんも、昔はもっと美しい言葉でしゃべっていたんだよと思って舞台で語っておられるそうです。
by berurinrin | 2010-08-18 23:43 | イベント
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