新国立劇場『鹿鳴館』オペラトーク<その4>

ある特定の人物の歌う旋律を決める手段がオペラにはあるそうですが
ライトモチーフ・・というらしいのですが、今回のように演劇的な要素の強い作品には
不向きだそうで、ちょっとオペラの専門的な池辺晋一郎さんのお話がちょっと素人には
メモが取りずらく不鮮明ですみません
かなり重要なお話だったんですが、色んなオペラの手段を排除してより
演劇的な自由な時間を作りたかったそうです。

「今回はオペラですが、演劇だったらこういう演出をしたかったとか
逆にオペラだから、こういう演出をしたとか・・・その違いはありますか?」と司会進行の新井鷗子さん
と、鵜山仁さんに質問です。

あんまりないんですけど・・・と、おっしゃりながらも
オーケストラピットには、100人もの人たちがいて、その人たちとどうコミュニケーションを
取ったらいいのか??本来ならオーケストラのフルスコアが読めたらいいんですけど・・と
それもあって指揮者とのコミュニケーションが大切だとおっしゃっていました。
今回の指揮者は、池尻竜典さん。
池尻さんは、違うんですけど・・と、鵜山さん、指揮者という存在は、背中で立っていながらも
厳しい人も居られる様で、プリマドンナと指揮者の関係についての
なかなか興味深いそんなエピソードを語って下さいました。
すると、池辺さんが
「オペラの世界では、プリマドンナと指揮者、どっちが偉いかはの論争は
トスカリーニの時代の頃から、いまだ解決してない」と(笑)
「トスカリーニは俺が偉いといっている」(笑)
すると、鵜山さん
「今回は、作曲家(池辺さん)が(偉いと)」鵜山さんのナイスJOBです
「そんな事ない(笑)」一本取られた池辺さん。これには、会場は大爆笑!
鵜山さんのダメ押しは
「作曲家が何しろ存命ですから(笑)ありがとうございます」
小劇場では、図らずも亡くなってしまった井上ひさしさんの作品を上演中。
笑いながらも、ちょっぴりしんみりされた気がします。

「今回は、(池辺さんに)何でも聞けますね」と石井さん
「聞いてなるもんか(笑)」と鵜山さん。
「どうせ聞いても、その通りやらないでしょ」と池辺さん。
爆笑しながらも、お二人の信頼関係の絆の深さを感じます。

衣装や舞台についてのお話について、石井さんが鵜山さんに聞かれました。

それなりにフォルム(形)は、そこそこにその時代を反映されているそうですが
舞台は、必ずしもリアルな設定ではないそうです。
ワルツは、日本語だと、円舞曲というらしいので、回転するイメージがあったそうで
ちょっと、駄洒落が入って回り舞台にされたそうです。
鵜山さんは、意外と意外に駄洒落から音楽や舞台のイメージとか出てきちゃうんですよね。
でもそれがかなり素敵な世界を作られちゃうんですよ。
その駄洒落の発展性で、舞台が回ることによって、西が東になって、愛情が憎しみになったりと・・
「面白いね」と池辺さん。

宿命と憎しみのヴォーカリーズの役割とは、と石井さん。

本来、故・若杉弘さんのアイデアで、音楽を付けて下さったのは池辺さん
どう出すか?というのは・・と、鵜山さん。
天長節の一日。11/3・・菊の花が咲き誇っている。
鵜山さん流に言えば、「憎しみをいかにプラスのエネルギーにするか
マイナスのエネルギーをプラスに転化する」という力と
大衆の役割というか、大衆の力によってある特定の人物を動かす程の
無責任なエネルギーを、台詞でない音で表現できたらなぁ・・と鵜山さん。

『鹿鳴館』のテーマとは・・と、石井さん。

すると、池辺さんは、テーマは、チェーホフを思い起こさせるとおっしゃいます。
大雑把なドラマの進行の作り方。
ラストのシーンは、チェーホフ『かもめ』と似ているし
やはりチェーホフ『櫻の園』と共通するのは、近代的の苦悩であり『鹿鳴館』に見え隠れする
苦悩を茶化している面というのも、チェーホフ的のかくし方を感じてしまった。
日本が正しかったか?間違っていたか?わからないけれど、せせら笑ってやっているそんな
テーマが『鹿鳴館』にはあって、その時代のもっとも先に私たちがいると、
そう感じると、おっしゃいます。

やはり鵜山さんも、チェーホフの『三人姉妹』にそっくりのシーンがある
最後に死が控えているので、それを前提にして
愛と憎しみの相克、憎しみの方が強いんじゃないかと
マイナスの符号のついた生命力というか・・
音楽を聴いても『フィガロの結婚』に似ている構造があるとおっしゃいます。
三島さんは意識して書かれたかどうかはわかりませんが・・と
 
次回に続きます
by berurinrin | 2010-06-30 23:29 | イベント
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