『象』シアター・トーク「日本の不条理劇」その4

『象』という作品が書かれた年は1962年。
原爆運動が風化し始めた頃に書かれたそうです。
「問題そのもの自体が風化始めた」と、作者である別役実さんは、おっしゃっていました。
司会の大笹吉雄さんより
「珍しいと思うのは、被爆者が被害者意識を持っていないこと・・
原爆ドラマの中で、被爆者意識を持たない登場人物の話とか他にありますか?」
そおいえば、『父と暮せば』(こまつ座 鵜山仁さん演出)という作品がありますが、
主人公の美津江さんが「自分が生きていることが申し訳ない」そう頑なに思って
幸せに背を向けて生きようとする女性が、幽霊となって現れるおとったん(お父さん)の思いによって
意識の変革と心の再生の物語でしたが・・改めて
戦争による原爆被害によってもたらされた集団意識の恐ろしさを感じます。

「必ずしも被害者意識を持っていないとは思わない」と、
おっしゃるのは鵜山さん★かっこいいっ~うきゃっ!
「何かそれか被害者、加害者の関係が曖昧な所が、すごくそれこそ面白いところじゃなかなぁ
何かまぶして両方に線が引けないところが面白いし
確実に人が傷ついたんだけど、(こういう場で)今、言っていることとか、
新国立劇場みたいなところで、こういう芝居をやる意味があるのかどうかとか、
構造的に云っているような気がして
(劇中で)「拍手しないんですか?!」って、やってらっしゃる大杉さんら皆さんが
私たちはここで「やってるんだけど」って・・・
そこに被害者意識がないのか?というとなんとも渾然一体となった区分け出来ない
加害者意識、被害者意識がある気がする」
考えながらおっしゃる鵜山さんです。
う~ん、深いですねぇ
「かくあるべきもの」と、芝居の中だけで収まらない・・とても大きな問題の有り様の姿ですね。

若い頃、組合運動の関係をされていたというエピソードを語って下さった別役さん。
「東京土建」という、大工さんや左官屋さんの関係で、生活共同組合みたいな組織とおっしゃっていました。
労働組合自体にはあまり参加はされていなかったと、おっしゃっておられましたが
当時は、政治青年で「新島のミサイル反対運動」にいい加減に参加して、
1,2ヶ月間程、新島のミサイル基地におられたそうです。不思議な方です。

「(ロビーに飾ってある、別役さんの)略年表に早稲田大学、授業料滞納による
除籍って書いてあるんですけど・・」と大笹さん。
「多いですよ(除籍)」とあっさり別役さん(笑)
当時は、大学を卒業する人のほうが不思議がられた時代だったそうで
「末席になっちゃうんですよね。どーでもいいけど(笑)」と
鵜山さん(笑)なーんか、たくらんでそうな笑顔です♪
中退するのも、授業料を払って「中退届け」を出して受理されないといけないそうです。

「めんどくさいですね。中退するのも」と、大笹さん(笑)
「僕も除籍になってるんです・・・・別役さんみたいに公にしてないの」と、鵜山さん
わぁお!
「あなたも除籍?!」大笹さんもびっくりです
「僕の場合は、大学院なんですけど、電話がかかってきて「末席になりますよぉ。除籍になりますよぉ。
って言われて(笑)」
「2人もなんて珍しい!!」BY大笹さん。
うきゃうきゃおもしろ~い。

別役さんが組合に関係されたのは、除籍後だそうです。
けれども大学時代から政治運動もされていて、当時60年代の早稲田の学生演劇といえば
社会運動が主流のような芝居だったとおっしゃいます。
そんな別役さんの不条理演劇の話に戻って、
「他の(作家)人たちと別役作品が違うのは、一つは何か西洋っぽい。
例えばタイトルが『街と飛行船』・・こういうタイトルは別役さん以外考えられないけど、
その中で“おにぎり”を食べたりしちゃう。独特な世界観がある・・・」と、大笹さんがおっしゃいます。
すると、別役さんが「満州で生まれた事に関係があると思う」と、おっしゃいました。

満州生まれで、終戦と同時に日本に引き揚げてこられた別役さんです。
内地(=本土(日本の事)に対する違和感を完全に無くすことが難しい・・
「日本は湿っている」と、おっしゃる別役さん。
乾燥している満州の気候と違って、日本では裸足で地べたを歩くと、
湿っていて非常に気持ちが悪かったそうで、中学生になるまで馴染むことができず
違和感が消えなかったとおっしゃいました。
「きっと拒絶反応みたいなものが影響していると思う」

次回に続きます。

そろそろ劇場入り?!モジョ君、ミキボー君の今日は如何だったのでしょうか?
そんな彼らの情報ブログはこちら→モジョ/ミキボーのブログ
by berurinrin | 2010-04-30 22:48 | イベント
<< 『象』シアター・トーク「日本の... 『象』シアター・トーク「日本の... >>