シェイクスピア大学校開校記念 ジョン・ケアード氏の特別講座<その4>

どうも日本語の台詞を聞いていると、重要な言葉が
行の最後、もしくは真ん中にくると、ケアードさんはおっしゃいます。
行の最後にくるのは、あまり意味を持たない音だけれど
そこに重要な言葉を置いて、十分な意味を持たせて伝えることが
日本語では難しい・・・。
日本語では、英語のように韻を踏むことが出来ないので
翻訳者は、台詞の深い意味が何であるか考える必要があるそうで
その上で、出来るだけ、沢山のイメージを盛り込み
自分の言葉(現代語)で良いから、出来るだけ美しい言葉で書く事が、何語であれ大切なことだそうです。
なぜなら、シェイクスピアの言葉は美しいから・・・

と、ここでケアードさんが、麻実れいさんにティターニアの長い台詞を振ります。
第二幕第一場「夏の初めから、丘や谷・・・」のくだりの部分です。
すくっと立ち上がって、両手を包み込むように情感たっぷりに語ります。
ケアードさんの説明を聞いた上で、この台詞を聞くと情景がはっきりと浮かんできますね。
この台詞について、ケアードさん
「まず、長い(笑)そして細かく説明しているけれど、まとめると3行位(爆)」
なぜこんなに長い台詞なのか?というと
言葉によって、美しいイメージを辿りながら、彼が書こうとしていることを
観客に考え、ついて来てもらえるように順を追って語っているそうです。
それは、自然には秩序があって、何かの影響でずれてしまうと
人間の生活が完全に壊れてしまう。。
まさに現代の考えと同じ・・温暖化や核による破壊とか・・
それら観客に聞いて自ら考えるように呼びかけているようです。

またシェイクスピアの映画化が難しいとおっしゃいます。
それは、映画化してしまうと、台詞によって想像させる事が、絵になって視覚に見えてしまうから・・
映画を作るのであれば、先ほどのティターニアの長台詞は必要なくってしまいます。
ティターニアが(風景を)見て「怖いわ」という表情を見せれば済んでしまう。
同じようにシェイクスピアの舞台化、自然主義的な細かく美しい舞台装置を組んで作って
見せてしまう事は、非常に危険であるともおっしゃいます。
台詞で言っていることを舞台で見せてしまう事は、観客にとって“聞く”という行為の
必要性がなくなってしまうからだそうです。
現代のシェイクスピアの作品に非常に多いパターンのようです。

と、また先ほどと同じティターニアの長台詞を、今度は非常に早く、怒って全般の印象が伝わるように
言って下さいとのケアードさんの注文です。
きっかけの台詞ということで、オーベロン役の村井国夫さんの台詞から
「恥を知れティターニア・・・」からです。
今度は(笑)村井さん、すらすらと語り始めますが、その台詞を聞いてる
ティターニアの麻実れいさんの表情が見る見る変貌していきます。
そして「夏の初めから・・・」機関銃のように演出の指示通りにまくし立てる麻実さん・・・
全く違う台詞のように聞こえます。
するとケアードさん「こんな風に聞こえるシェイクスピア観た事あるでしょう」
感情だけみれば素晴らしいが、何を言っているかわからない・・
つまり、私たち観客は、彼女の言っている情景を思い描くことは出来ないと。
ただ怒っている人がいる・・・。
ここにシェイクスピアの落とし穴があるとおっしゃいます。

また台詞を言う為に、美しい声だけで言う俳優が、イギリスに行くとそれはいっぱいいるそうでf(^_^;)
ケアードさんが見本(笑)を見せて下さいました。
「・・・・らーらら、らーらら、らーらら♪」
これで2.3分も台詞を聞かされると、観客は眠くなる。
彼らはシェイクスピアの台詞を言うのでなく歌っているとおっしゃいます。
そこで、ケアードさんは、麻実れいさんに同じ台詞を、「ゆっくり間を空けて情緒的」にと注文をだされます。
「夏の初めから・・・」と、思わず一行一行うなずきたくなるようにおっしゃいます。
まるで観客一人一人に語っているようです。
俳優って、演出の注文通りにすくっと出来ちゃう(それも完璧に)のがすごいですね。
その言い回しについてケアードさんが「素晴らしい言い方でした」と
一つ一つのイメージがクリアに存在していました。
但し、そこには問題がありますとおっしゃいました。
①学者が説明しているようで、自分の言葉に感情が入らない。
②上演時間が6時間位になる(笑)
・・・・。

もうちょっとパックの部分を、ということで
ラスト近くのライオンの台詞を、体を使うとどんなイメージが伝わるか?!
まずは、「体を使わないで言ってみて(笑)」とケアードさんの注文です。
するとチョウソンハさんは、セットを動かす振りを始めてから立ち止まって語ります。
第五幕第一場「さあ、真夜中だ。飢えたライオン吼えたけり・・・」シンプルで美しい語り方です。
「じゃぁ次は、芝居の通りに」とケアードさん。
チョウさんは、改めてセットを動かす振りを始めてから
「さあ、真夜中だ。飢えたライオン・・・」と、体を使って表現されます。
おおおって、場面が蘇るようです。
コロンと転がった瞬間に、腰に付けていたマイクBOXが壊れたようで
「あ~、新国立のマイクBOXを壊したぁ~(笑)」とケアードさん。

で、このチョウさんのおっしゃるこの台詞を芝居の最後に入れたか?と
シーシアスとヒポリタが引っ込んで、オーベロンとティターニアの衣装変えの
時間を稼ぐ為とおっしゃいました。
が、但し同じ二人の俳優を演じさせたかは、証拠が残っていないそうですが
だけども、ここにこの台詞があるということは、シェイクスピアが、そう考えて
書いたのではないか?!と思われるそうです。

で、チョウさんに同じ台詞を、今度はコミカルに観客を驚かせ笑わせるつもりで
と注文を出します。
「さあ、真夜中だ。飢えたライオン・・・」うっそぉ~(笑)
オーバーに・・ちょっと違う意味でハイテンションのパックが現れました(爆)
面白く表現するチョウさんに大拍手!!
でもすごーく恥ずかしかったようで、ケアードさんの腰にしがみ付いてしまうチョウさん。うふふっ
「色んな芸ができるウチのワンコみたい」と、よしよしとチョウさんを慰めました(笑)
「でも今の表現も間違っていない」と、ケアードさんはおっしゃいます。
シェイクスピアは、なんでも出来るところが凄いところと、
色んな事が出来る、どういう風に演出する、演技する、上演する。
あらゆる選択が出来るように書いてあるそうです。

そして『夏の夜の夢』には、シェイクスピア自身の声ではないかと思う台詞があるそうです。
それは、恋人(はクレイジーであり)、狂人(は詩人であり)、詩人(は恋をする)
そしてその3つを兼ねた人物が、シェイクスピアではないか・・
彼が、狂気や悪を書いている台詞をよく読んでみると
彼自身、狂気や悪を知っていた人間なのではないか?!と
そしてモノを作り出す人間とは、どういうものかきちんと説明しているとおっしゃいます。
そして最後にその台詞を村井国男さんに最後に締めとして語ってもらいました。
第五幕第一場、シーシアスの言葉です
「狂人、恋人、詩人は、想像力で出来ている・・・・」

実はここからが質疑応答だったのですが、またこれが長いっ(笑)
ケアードさんは、一つ一つの質問に、丁寧に細かく語って下さいました。
実は、俳優志望だったというケアードさん。
1時間程の予定が2時間(笑)でも有意義な講座でした。

さて、時間を気にしながらもケアードさんの言葉を楽しそうに聞いておられた鵜山仁さん。
促されるように舞台へ登場されました。うふふっ素敵です★
そんな鵜山さんの姿を見ながらケアードさん
「今日は、こんなところにしておきますか?(笑)」
「演出家によっては、しゃべりすぎる人もいます(笑)私は違います(爆)」←ケアードさん(笑)

と、鵜山さんから締めのお言葉が・・・
「そんなわけで、(シェイスクピア大学は)は、こんなに長くならないと思います(笑)
『ヘンリー六世』に合わせて講座を用意しています。
新国立劇場を大いに活用して下さい。
今日はありがとうございました。
今日は、ジョン・ケアードを“先生”と呼ばせて頂きます(笑)」
と、出演者の名前を最後にご紹介して下さり、今回の講座は終了しました。

シェクスピアの世界・・初心者の私でしたが、本当に面白く拝聴しました。
本番終了直後の村井さん、麻実さん、チョウさんお疲れさまでした。
お疲れの姿を見せることなく、演出家の指示にどんどん変貌していく様を魅せて頂きました。
俳優ってすごいなぁ・・
ケアードさんの言葉もとてもわかりやすかったのですが
自分が納得する言葉や解釈に勝手に換えてしまっている部分も多いので、メモしてるうちに
ごちゃごちゃになってしまってスミマセン。
楽しんで読んで頂けたら良いのですが・・・・

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これはシェイクスピア全集DVDです。車の免許を取得して以来の大きな買い物です(笑)
毎月一作品を4回観ていこうと決めたのですが、何ヶ月も経過しつつまだ一作品しか観てませんf(^_^;)
心を入れ替えます。とりあえず来月から!(* ̄m ̄)プッ
by berurinrin | 2009-06-08 23:37 | イベント