シェイクスピア大学校開校記念 ジョン・ケアード氏の特別講座<その1>

ヘンリー六世上演記念 シェイクスピア大学校
開校記念 ジョン・ケアード氏の特別講座
              5/30(土)5:00~ in 新国立劇場 中劇場

研修科生の発表会を観てからダッシュで向った先は、新国立劇場でした。
思えば、今週は思えば3回も通った新国立劇場です(笑)
でもじぇーんじぇん苦にならないのは、もちろんそこには愛があるからなのでした(きゃーきゃー)
ひゅーひゅー!(ほっといて下さい)

シアタートークとかって、出演者の方が客席をご覧になるのが恥ずかしくて
自意識過剰な私は、ついつい席を後ろ後ろにと選んでしまうのですが
今回も後ろの方でっ、と思いきや『夏の夜の夢』にご出演されている
大滝寛さんがすぐお近くに、舞台上では男臭い色気むんむんの職人さんですが
素顔は、やっぱ爽やかでヘイ(塀)かっこいい~!(笑)
他にも客席には、『ヘンリー6世』三部作のタイトルロールを演じられる浦井健治さんのお姿も
ヘンリー!頑張って下さいね・・と、心の中でエールを!!

さて、客席をきょろきょろ見渡して鵜山仁さんは、いらっしゃっているのかなぁ??
う~ん、お姿が見えず残念・・しょぼーん(><)
いやいや自分はシェイクスピアについて勉強に来たんだからっ!と思いきや
舞台下手から一人でマイク片手に颯爽と登場された鵜山さん!!
すごーい!かっこいいっ!きゃぁきゃぁ
ということで、やっぱり鵜山さん中心で書き書きメモメモ状態です♪
なのでニュアンスや言葉の違いがあるかもしてませんが、お許し下さい。
さらっ~と、さらっとでお願いします。

「なにしろ国立ですから、このみんなの劇場を出来るだけ広く深く利用して頂きたいという思いから催しました。
上演中の『夏の夜の夢』そして・・
この秋、10/27初日を迎える『ヘンリー六世(三部作)』は、今のところ合わせると通じて7時間30分!!
休憩入れると10時間超えのとんでもない企画で、演出は、僕がやるんですけど(笑)」
『夏の夜の夢』と『ヘンリー六世(三部作)』を合わせて、シェイクスピアの魅力についてせまってみたい・・
それにしてもシェイクスピアという人がいなかったら、今日の舞台(『夏の夜の夢』)は実現していなかったし、
この新国立劇場が存在していたかどうかさえわからない・・渋谷辺りで千秋楽を迎える
(シアターコクーンで上演している)『雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた』も
成立していなかったはず・・」
そうおっしゃる鵜山さんです。
「約400年前に生きていた一人の劇作家に大きなオマージュを込めて
今日はシェイクスピア大学の開校式です」
特別講師として、R.S.C(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)の名誉アソシエートディレクターの
ジョン・ケアードさんをお迎えしました。
もしシェイクスピアがいなかったら、絶対ここには来ていなかった人です(笑)」
そしてジョンさんを先頭に、村井国夫さん、麻実れいさん、チョウソンハさんが、舞台に登場されました。
「僕も一緒に客席でエンジョイさせて頂きたいと思います
皆さんもどうぞごゆっくりお楽しみ下さい」
と、ケアードさんに「僕、オーディエンスになります」そう笑って言って舞台から客席に場所を移した
鵜山さんなのでした・・・・。

「真実を語る劇作家」とシェイクスピアを評価されました。
初めてバランスが取れた見方をして、人間、男女をフェアに
誰の事でも恐れずに描く劇作家・・・そんな偉大な劇作家シェイクスピアについての
ジョン・ケアードさんの講義の始まりです。

『夏の夜の夢』の解釈から

『夏の夜の夢』の妖精パック・・パックは、ただの想像ではなく完璧な男の子。
何かというと周りを、トラブルに巻き込んでしまう。好きな子をいじめてみたり
エネルギーを抑えられなくて、転がってみたり、何かを壊してみたり・・
とはいえ、ベットに入ったとたん、ことんと完全に熟睡してしまうタイプ(笑)
丁度、ジョンさんのお子様達もそんなタイプのようです。
ちなみに私の4歳の甥っ子もこんなやんちゃなタイプです。
まさにどこにでも居る男の子ですね。

ティターニア・・について
「信じられない位に面白い人物」とケアードさんは、おっしゃいました。
シェイクスピアの時代、女性は少年俳優しか演じることが出来なかったそうです。
そんな時代に、性的な衝動に突き動かされる女性を描くことは
非情に勇敢な事だったそうです。
ティターニアを見ると、後の『クレオパトラ』のスケッチ・・下書きだなと感じるそうです。

ちなみに、秋に上演される『ヘンリー六世』と『夏の夜の夢』は同じ時期に書かれているそうです。
シェイクスピアが書いている登場人物っていうのは、彼の後の作品の中で
もっと大きな役を果たす事になる大物の”めばえ”だな・・と、
たとえば・・と、
『夏の夜の夢』のライサンダーの台詞で「愛は稲妻みたい・・・」
この台詞以降、素晴らしい台詞を何一つ言っていません(笑)
この台詞と『ロミオとジュリエット』のロミオとリンクできるそうです。
そしてこの作品の数ヶ月前に『ロミオとジュリエット』を完成させていました。

『夏の夜の夢』の中の劇中劇「ピラマスとシスビー」の悲劇は、
『ロミオとジュリエット』の一つの風刺になっていると思いませんか!?
『ロミオとジュリエット』がなければ書けなかったと、
ケアードさんの問いかけの言葉に
「へー」とか「ほー」とか、頷くばかり・・・

ライサンダーがロミオの台詞を語ると、聞いていた観客は
「これは望みのない愛の悲劇の物語になるのだわ」と、思いきや
数行後には「森の向こうに叔母さんがいて・・」と駆け落ちをしてしまいます。

だったら、ロミオとジュリエットもそうすればよかったのに・・と、
はしごを昇って、塀を越えて、行けばよかったのにそうしなかったのは・・なぜか?
ジュリエットは死ななくてはいけなかった・・・・
『ロミオとジュリエット』は初めから二人は死ななきゃならなかった・・・
『夏の夜の夢』で、ハーミヤは父の言う相手と結婚しなかったら「死刑」という
言葉がでてきますが、当時の時代の影の部分が見えてくると、おっしゃいます。

ロミオとジュリエット=ライサンダーとハーミヤ・・そして
ロミオはジュリエットの前に、(登場はしませんが)ロザラインに恋をします。
きっとシェイクスピアは、ロザラインについての芝居を書かなきゃいけないなぁと
思ったと思います。
ここでは、ハーミヤが(途中から)ロザラインです。
では・・ロミオとジュリエットが逃げ出してロザラインが追っかけて行ったらどうなるか?!
そう思って書いたのでは・・・
そういう風に考えていくと『夏の夜の夢』の作られたプロセスが浮かび上がってくる・・
と、同時に悲劇が喜劇で終わるはずが、上手くいかなくてごちゃごちゃしてしまう・・
そんな過程を見せたかったのではないか・・だから「ピラマスとシズビー」の物語を
入れて、悲劇の風刺を見せたかったのでないか?!とおっしゃいます。

『ロミオとジュリエット』のラスト・・敵対する両家を隔てた(憎しみなどの)壁が崩れ落ちていくのも
同じ教訓になっているといいます。
だからライサンダーが「恋は稲妻・・」は、ロミオの言葉と思っていいのでは・・
そして、そこで書かれている考え方、言葉は、2.3年後に書かれた『リチャード2世』の中に
もっとはっきり現れてくるとおっしゃいます。
でも、それでシェイクスピアとしては、十分ではなく『ハムレット』に託されます。
けれども、そういう色々考えて絶望していく若者の考えをこれ以上、書けなくなったシェイクスピアは
これ以後、ハムレットのような人物を書いていないそうです。
by berurinrin | 2009-06-02 23:58 | イベント
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