フランス文化講演シリーズ(第238回)『コメディ・フランセーズの今昔』その1

フランス文化講演シリーズ(第238回)
『コメディ・フランセーズの今昔』 in 日仏会館(4/20)

鈴木靖司(中央大学名誉教授、同大学元学長、フランス演劇史)
ピエール・ノット(劇作家、コメディ・フランセーズ事務局長)

先日、『「舞台人、ジェラール・フィリップ」を讃えて』という対談形式の講演に参加した時に
頂いたパンフレットの中に挟まれていたのが、この講演会のお知らせでした。
何度となく拝見してるピエール・ノットさんのテリトリーのお話が伺えるし、
フランス最古の王立であって劇場を持つ国立劇団コメディーフランセーズとは何ぞや?(笑)という事で
18:00開始という、わたしにとって無謀な開始時間・・遅刻覚悟で行ってきました。
恵比寿ガーデンプレイスを右手に眺めながら、めずらしく迷わずに到着!(えらい)
入り口で日仏語同時通訳器を借りて会場に入ると、ほぼ席は埋まっていて
仕方なく一番後ろで壁に寄りかかって、しばし立ち見状態でした。
まわりを見渡すと、専門家の方やら学生やフランスの方々・・・あははっ・・と
おやおやおやっ、はるか遠くに座っておられる一人の男性!後ろ姿もかっこいい★もしやっ?!
鵜山仁さんみっけ!きゃぴーん(笑)いやいや、しゃんとしなきゃ自分!勉強しに来たんですからっ!
とはいえ、同時通訳器を耳に装着する事に悪戦苦闘・・耳を爪で引っかいてしまって。、痛っ(><)
そして、今回もメモ書き状態で、思いっきり勝手な解釈で書いていますので
どうぞ、興味ある方だけ(笑)斜め読みでお願いしますm(_ _)m

「たいよ~うのお~お♪ルイ14~せいのぉ~♪
ひかりぃ~あまね~く♪ときは、きたれ~りぃ♪」(あくまでも昔の記憶です・・)
この歌を知ってる方も知らない方も突っ込みはしないで下さい(笑)かなり、はずかしぃので・・・。
そう、なんとコメディ・フランセーズは、17世紀のフランス
太陽王ルイ14世の時代に誕生したそうです。
ルイ14世は、芸術を愛する王様でご自身もお芝居やバレエに造詣が深かったそうです。

と・・その以前には、すでにいくつか劇団が誕生していたようで
17世紀中ごろの4劇団といえば、オテル・ド・ブルゴーニュ座、マレー座、モリエール劇団
イタリア役者団だそうです。
1673年には、モリエール劇団とマレー座が合併し、
ルイ14世の命で、オテル・ド・ブルゴーニュ座とモリエール劇団が合併して
1680年8月26日(折りしも・・私のバースディ♪全く関係ありませんが・・・)
コメディ・フランセーズ(王の劇団とも言うそうです)が、誕生したそうです。

詳しい劇団の歴史や経緯については、辞書やWikipediaでご覧になって頂いてっと。
なんせ17世紀からあるわけで、その間も色々劇場も進化して行ったようで
映画版『シラノ・ド・ベルジュラック』(ジェラール・ド・パルデューさんがシラノ役を演じられた)の
劇場の一コマ、一階席は立見で、劇場の照明がロウソクだったので、火事になったりしたそうです。
また、俳優達は、貴族達からもらったフランス風の衣装を、舞台上で身に着ける事が、
当たり前だったようで、作品がギリシャ悲劇だろうが、全く作品に関係なく身にまとっていたそうです。
そのエピソードって、新国立劇場公演『舞台は夢』(鵜山さん♪演出)の中でも、
衣装自慢(笑)の話がありましたね。
当時は、当時のフランス風のお衣装(笑)を身に付けるような現代的な芝居はほとんどなくって
手に入れた衣装は、重ね着したりして古典の芝居をされていたそうです。
フランス風のわっか(笑)のドレスを着て、ギリシャ悲劇を演じている挿絵なんかが
スライドで映されて、これは「ギリシャ悲劇です」と言われなきゃわかりませんでした。
そんな要は、俳優らのステイタスだったのかもしれませんね。
折しもそんな17世紀に活躍した主な劇作家は、ピエール・コルネイユ、モリエール、ラシーヌ。
コルネイユといえば『舞台は夢』(*^_^*) 。モリエールは、岩波文庫から沢山出版されてますね。
なので、今でも十分楽しめます。
わたしは鈴木力衛さんと辰野隆さんの言葉が好きなので、(特に鈴木力衛さんの翻訳とあれば、
一時期は、内容を気にしないで購入してました)

18世紀に移行すると、あのフランス革命が起こり
コメディ・フランセーズは、二つに分裂したりしますが、政府の命令で
また合併させられて「共和国フランス劇団」と名前を変えさせられたりしたそうです。
そんな18世紀に活躍した主な劇作家は、ヴォルテール、クレビヨン、マリヴォー、ボーマルシェ
ディドロ・・・。
ヴォルテールというと、『カンディード』という冒険物語やルイ十四世の時代をちょっぴり辛口に
書かれた『ルイ十四世の世紀』(岩波文庫全4巻)を持っていますが、『ルイ十四世の世紀』は
色んな項目にわかれて書かれていて、第4巻に載ってる当時の人名録がすごく面白いし、
2巻には、当時の逸話として鉄仮面のエピソードとか、拾い読みしても楽しい歴史書です。
マリヴォーは、恋愛が絡んでコメディちっくな『愛と偶然の戯れ』面白いですよね。

さて19世紀に入ると、黒髪で細身の女優ラシェル嬢(1821~1858)が登場したそうです。
そしてやっと、1769年シェイクスピアの作品が、デュシスによる『ハムレット』の翻案上演されたそうです。
この翻案っていうのが、まず、亡霊が出ない、旅役者が出ない、オフェーリアが出ない
死もない・・・ないないずくし(笑)の『ハムレット』だったそうです。
いったいどんな作品に仕上がったのか、観たくなります(笑)
もともと、海の向こうのイギリスの作家でシェイクスピアの本が、ルイ14世の時代
その贅沢さに国王さえも嫉妬したといわれ、のちに破滅してしまう大蔵大臣をしていたフーケの
蔵書にそれも1巻(一冊?!)だけあったそうです。
そんな19世紀に活躍した主な劇作家としては、ヴィクトル・ユーゴー、アレキサンドル・デュマ(大デュマ)
ユーゴーといえば『レ・ミゼラブル』ですが、1830年ユーゴー作『エルナニ』が
コメディーフランセーズで上演されたときに、古典派VSロマン派と小競り合いが起こり大変な
騒ぎになったそうですが、興行は成功したそうです。
大デュマ(パパのほうです)は『ダルタニアン物語』『モンテクリスト伯』とか『黒いチューリップ』も好きだしぃ~
つーか、わたしのフランス好きは、小学校の時に読んだ『三銃士』『岩窟王』が原点なので・・
『王妃マルゴ』や最近復刊された『メアリー・スチュアート』も捨てがたい・・う~ん
デュマになると興奮しちゃいますが(笑)デュマ自身、元は劇作家志望だったそうです。

そして、19世紀後半になると、フランス一の女優と歌われたサラ・ベルナール(1844~1923)
が登場。サラと当時期に生きたムネ・シェリー・・・。
2007年9月~翌年6月まで演劇雑誌「悲劇喜劇」でサラ・ベルナールの生涯について
渡辺淳さんによる連載記事が載っていました。
若い頃の美しい姿とは、想像つかない・・片足を失いながらも舞台に立つ・・
ハンパない壮絶な女優人生を送った女性だったんですね・・・・。

20世紀に入って、第二次世界大戦が起こって
戦争に翻弄された時代を経てコメディ・フランセーズは、現在は、本拠地リシュリュー劇場、
ヴュー・コロンビエ劇場、ステュディオ劇場と3つの劇場を有しているそうです。

次回に続きます
by berurinrin | 2009-05-05 22:22 | イベント
<< フランス文化講演シリーズ(第2... 東京ハートブレーカーズ『あの世... >>